ペットな魔王と下級巫女と、護衛騎士 ③
「マオ、女神様がね、貴方に注意したいって」
「は?」
「マオ、その姿で声を上げちゃダメだよ」
「わふぅ……」
トリツィアから告げられた言葉に思わず人の言葉をしゃべってしまったマオ。
しかしトリツィアから注意をされて大人しく鳴き声に変える。
……ただマオは大混乱していた。
(女神……? 女神の話を我にするとは、どういうことなのだ。というより、ご主人様は女神とも関わりがある?)
マオは戦慄している。
ただでさえトリツィアという存在は異常でしかない。それが女神とも関わりがあるなど、マオには勝ち目がないことを意味していた。
マオは魔王という立場である。そして魔王という立場の者にとって、人に信仰され続けている力の強い女神というのは天敵でしかない。
……マオは正直逃げ出したかった。そんな恐ろしいものと対面などしたくなかった。
封印される前だって女神と直接対峙したことなどマオにはない。そもそも神の世界にもルールがあるので直接女神と関わることなど普通ならばありえない。
……軽い調子で、女神と交流があることを口にするトリツィアは本当に例外なのである。
トリツィアはその後、巫女姫の名を借りて「必要なんです」と大神殿の一室を借りた。
ついでにオノファノも連れてきている。……必要だからと一室を借りてペットを連れ込むことに神官長は何とも言えない表情を浮かべていたが、まぁ、そこはトリツィアなのでそういうものであると思って受け入れた。
「さてさて、マオ。結界張ってから女神様呼ぶねー」
「……そ、そんなに簡単に呼べるものなのか?」
「うん」
簡単に頷かれてマオはどういう反応をしたらいいか分からなかった。
――他の者が口にしたのならばそれを冗談だと思うだろう。しかしそのことを口にしているのはトリツィアである。嘘などトリツィアがつくはずがない。
出来ないことを出来るなんてトリツィアは口にすることはない。
「じゃあ、女神様、よろしくおねがいしまーす」
トリツィアは軽い調子で、そんなことを言った。
それと同時に、トリツィアの雰囲気ががらりと変わる。その身に纏う神気は、マオを震えさせるのには十分だった。
「貴方が、今の魔王ですね」
「……ひぃ」
「トリツィアのペットになったということなので、見逃してあげるわ。トリツィアに消滅させられなかったことを感謝しなさい。トリツィアの管轄にある以上は、他には手出しが出来ないようにこちらでも根回しておくわ。……まぁ、勇者は生まれてしまっているようなので、そのあたりは自分で対応するか、トリツィアたちに任せなさい」
「……」
マオはその神気にあてられて、可愛そうなほどにがくがくと身体を震わせている。
「馬鹿な真似をしたら分かっていますでしょうね? 私自身ではルールで手出しが出来なくてもトリツィアなら、貴方をどうにでも出来るのよ」
「女神様ー。私のペットだから、私がちゃんと躾けるんで大丈夫ですよー」
「ふふっ、そうね。トリツィアがちゃんと躾をするなら問題ないわね」
恐ろしい雰囲気を纏っていた女神様は、トリツィアに話しかけられるところりっと表情を変える。
女神様はトリツィアのことをそれはもう気に入っているので、常にトリツィアには笑いかけている。
ちなみにそんな穏やかな雰囲気の中、マオはぶるぶると震えている。
(……怖すぎる。ご主人様に何かあれば女神が出張ってくる可能性もあるということか……? そもそもこれだけ簡単に神を降ろすことが出来る時点で、もう誰も勝てないだろう)
巫女という存在は、特別な力を持つ存在である。
その中でもこれだけ日常的に神を身体に降ろすことが出来る存在がどれだけいるだろうか。――いや、居ない。
そういう風に神を降ろせるほどの存在が大量にいたのでは、世の中は滅茶苦茶になるだろう。強すぎる力というものは、毒のように世界を浸食していく可能性がある。
「それで、魔王、貴方は大人しく出来る?」
「……ひゃ、ひゃい」
「女神様ー、凄いマオがおびえてますよー」
「これぐらいでおびえるなんて情けない」
女神様、魔王であるマオに対して好感度などゼロに等しいので、中々冷たかった。
ただマオが大人しく頷いたので、満足した顔をする。
その後、震えるマオを放っておいて女神様はトリツィアの身体を借りてオノファノに話しかけていた。
女神様はトリツィアとオノファノがくっつかないかなと毎日楽しそうに観察しているので、オノファノに話しかける様子も楽しそうだ。
ただ楽しい楽しい時間――なお、マオにとっては恐ろしい時間である――もあっという間で、この部屋には次の予定が入っているので女神様は「あら、もうそんな時間? また来るわ」と言って、そのままトリツィアの身体から出て行った。
マオはようやく、身体の力が抜けた。
へなへなと座り込むマオ。
「あれ、マオ、どうしたの?」
「怯えているんだろう。女神様を相手にしたから」
「オノファノは二回目なのに、なんだか普通にしているね?」
「女神様に俺に対する敵意はないから」
……そんな風に平然と会話をしているトリツィアとオノファノを見て、マオは改めて逆らわないようにしようと思うのだった。




