上級巫女になんてなりません! ⑤
「ちょっと失礼しまーす」
トリツィアはこの場に四人だけになると、聖なる力を練って結界でその部屋を覆っていく。
巫女姫もゼバスドもその美しい結界に驚く。その何人も通さないような結界は、普通の人ならば簡単に張れるようなものではない。
それを軽い調子で、疲労した様子もなく編み込んでいくトリツィアは異常である。
オノファノはまたトリツィアが何かやりだしたとだけ思っているが巫女姫とゼバスドは驚愕の表情のままである。
「トリツィアさん、どうして結界を……? それにやっぱりこれだけの力を持っているのならば上級巫女になった方がいいかと思います」
「嫌ですよー。女神様がお話するって言っているんでー」
「はい?」
「巫女姫様は分かんないですけど、そっちの騎士さんは耐えられないはずなんで女神様、私に降ろします。オノファノも難しいかな? それで再起不能になられても困るので」
「はい?」
トリツィアが言った言葉に、巫女姫は理解が出来ないという表情をする。
神を降ろすなんて行為が出来るものはほぼいない。歴史上に限られるだけいたかもしれないが、今、一番力の強いと言われている巫女姫でさえも出来ないことである。それだけ神を降ろすと言う行為は特別なものなのだ。
「女神様ー、結界張ったので大丈夫ですよ」
トリツィアがそう声をかけると、その身体が一気に神気に包まれる。
巫女姫も、ゼバスドも何が起こっているのか分からなかった。オノファノだけが、やらかしているなと思いながら横に控えている。
――オノファノはトリツィアの雰囲気が一気に変わり、その威圧を感じ、身動きが取れない感覚になっている。それはゼバスドも同様である。
今回、女神様はトリツィアが心安かに過ごせるように巫女姫とゼバスドを威嚇している面もある。
レッティと会った時と違い、女神様はトリツィアに無理強いしようとしているゼバスドにご立腹である。
「――トリツィアが嫌がっているのだから、無理強いはやめなさい。それを異端とするならやってみなさい。私が否定してあなた達の方を異端にしてあげるわ」
「女神様ー。過激ですよー。ちょっと怒ってます?」
「ええ。だってトリツィアにそこの騎士は自分の力を過信しているとか、愚かなことを言っていたでしょう? それでいてトリツィアを下に見て神殿に追われる身になるかもしれないなんて。相手がトリツィアだからこそ上の横暴に屈することはないけれど、まさか、他の下級巫女にも同じような扱いなのかしらって思うと、同じように嫌な思いをしている方がいるかもしれないわ。私、そういうの嫌いだわ」
「女神様、私のために怒ってくれてるんですね! ありがとうございます。女神様、好きですー」
「ふふっ、私もトリツィアのこと、大好きよ。見ていて面白いもの」
トリツィアの顔が、ころころと表情を変えて一人の人間の身体の中でまるで二つの人格があるかのように喋り出す。
それにしてもトリツィアを異端認定するなら、逆に異端にするなんて過激な発言である。でも女神様は神界の中でも力の強い女神様なので、そのぐらいやろうと思えば出来るだろう。
「……あ、あなた様は神の一柱であると思われます。お、お名前をお聞きしてもいいでしょうか」
「あら、トリツィア。この子、凄くガクガクしているわ。そこの騎士も青ざめて座り込んで……それでトリツィアのことを力がないなんて見るなんて笑止だわ」
嘲るように、女神様はトリツィアの身体で嗤う。
――トリツィアならまずしない表情である。女神様はトリツィアと友達なので、トリツィアの前ではにこにこしているお姉さんでしかないのだが、やはり神であると伺える。
「私の名前は、ソーニミア。あなただって私のことを知っているでしょう?」
「ソ、ソーニミア神ですって!? ど、どうしてそ、そのような偉大な女神様が……」
「トリツィアが困っているから来たの。貴方たちトリツィアは下級巫女の方が楽だって言っているのだから放っておきなさい。トリツィアに無理強いはしない方がいいわよ。トリツィアの力は貴方たちが思っているよりもずっとずっと強いわ。この神殿ぐらい簡単に粉砕出来るわ。それに本当にトリツィアを怒らせるようなことを貴方たちがするなら私も黙ってないし、クドンも手を貸してくれると思うわ」
「クドン神まで……?」
「だって私とトリツィアが仲良くしているのはクドンも知っていることだもの」
さらりとトリツィアの身体を動かしている女神様はそんなことを言う。
トリツィアは「クドン様も心配してくれてるんですねー。ありがとうございまーす」とのんきにお礼を言っている。
……神を降ろしている場だというのにトリツィアはマイペースで呑気すぎると言える。
この場でそれだけ無邪気なのはトリツィアだけである。
「も、申し訳ございません!!」
「謝る相手が違うわ。私じゃなくてトリツィアに謝りなさい。そこの騎士も。そこの騎士の方が散々なことを言っていたわよね? 無礼だとか、異端認定とか。そんなもの、ただの騎士のあなたが決めるものではないわ。神職というものは、神の意志を聞くもののはずよね? あなたの一存で何を決めようとしているの? それに、そこの巫女姫も。巫女姫だとか呼ばれているとか知らないけれど、あなたに微かに信託を届けれている神も一生懸命トリツィアに手を出さないようにと伝えようとしていたはずよ。力が足りないから断片的にしか聞き取れずにトリツィアに無理強いしようとしたのでしょうけれどそれはあなたの力不足でしかないわ。そもそも護衛騎士を制御も出来ないなんてあなたも同罪だわ。トリツィアはたまたま私と仲が良いからよかったけれど、本当にトリツィアがその無理強いに屈するしかなかったらパワハラでしかないわよ。立場が上の者から乞われて、立場が上がるのならば皆喜ばしいと思うと思っているなら間違いでしかないもの」
どうやら巫女姫が微かに聞ける信託の中でトリツィアのことは伝えられていたらしい。
ただし伝えている神はトリツィアに手を出さないように言っていたのだが、巫女姫はそれを聞き取ることなんて出来なかった。
「も、申し訳ございませんでした。トリツィア様。ゼ、ゼバスドも謝りなさい」
「巫女姫様、下級巫女の私に様付けやめてくださーい。私はそういう呼び方嫌いです!!」
神を降ろすだけの力があるのに、トリツィアに驕りはなく、傲慢さもなく……トリツィアは平常運転である。
ゼバスドも慌てて謝っていたが、トリツィアは嫌な人という認識を抱いているらしい。
女神様がパワハラと言っていたのもあり、好印象はないようだ。あと巫女姫に対しても精霊のことを見えなさそうで、神の声もそこまで聞けなさそうなのでそういうものかーという認識しかない。
「トリツィアが謝罪を受け入れたので許しましょう。あとはトリツィアに無理強いをしない誓約はつけます。私がいつでも割り込めるわけではありませんからね」
「わー、ありがとうございます。女神様!!」
女神様もいつも暇なわけではないので、念のために神力を使った誓約まで結んでいた。そのあたりからも女神様がトリツィアを大切にしていることが分かるので、巫女姫たちは何も言えない。
そして誓約を結び終えると女神様はオノファノの方を向く。
オノファノはトリツィアの顔だけど、違う存在に緊張したように身構える。
「――オノファノ。こうして挨拶するのは初めてですね? 私は一方的にオノファノの事は知っています」
「……ありがとうございます」
「あなたもトリツィアの幼馴染というだけあって、凄い子ですね。私はトリツィアとのこと、応援してますからね」
急にそんなことを言って慈愛に満ちた表情を浮かべられ、オノファノは驚いた様子である。
トリツィアは無邪気に「応援ってなにがですかー?」と聞いている。
そしてそんなやり取りがあった後、女神様は帰っていった。
残された四人の反応はそれぞれである。トリツィアはいつも通りで、オノファノは女神様に応援されたことに落ち着かず、巫女姫は神の降臨を目の当たりにしたことで心臓をばくつかせ、ゼバスドは青ざめたまま座り込んでいる。
「巫女姫様、私、帰っても大丈夫ですか?」
「え、ええ。……え、えっと、トリツィアさんを上級巫女にすることは強制しません。私が……トリツィアさんに手を出させないようには働きかけます。ただですね、そのお願いがあります」
「なんですか?」
「……私よりも力が強いトリツィアさんから、色んな話を聞きたいです。それに巫女の力のコツも。私は巫女姫と呼ばれていてもまだまだ足りないことが分かりました。自分の力を過信していたのは私の方だと自覚しました。だから……もっと力をつけなければなりません。トリツィアさんもその力を手に入れるために努力をしたのでしょう」
「努力? 特にしてません! 毎日楽しく祈っているだけです」
「そ、そうですか」
巫女姫はトリツィアの言葉に、参考にならなさそうだなということが一瞬頭をよぎる。
だが、気を取り直してまた口を開く。
「あとは嫌なら断ってもらって構いませんが、私でも手に負えないことを相談するかもしれません。邪神の復活も……遅れていますが起きる可能性があります」
「もう封じてるんで大丈夫です!」
「はい……?」
「誰も信じてくれてないけど、封じてます。弱体化も。だから多分大丈夫ですよー。あ、でもこれは秘密ですよ!!」
冗談なのか、本気なのか分からない言葉に巫女姫はどうしたらいいか分からない。救いを求めるように後ろに控えているオノファノを見ると、「トリツィアの言うことは全部本気だ」とでもいう風に頷かれたので、思考を放棄する。
「……わかりました。しかしそれ以外にも何かあった時は相談してもいいですか?」
「そのくらいなら大丈夫ですよー。でも私は嫌なことは嫌だって言いますからねー」
「はい。それはもちろんです」
そしてそんな会話を交わして、トリツィアはオノファノを連れてその部屋を出た。
……蚊帳の外であったイドブは何があったのか気になっていたが、「下級巫女のままでいいってことになりました!」と無邪気に笑うトリツィアを見て深く聞くことをやめた。
聞き出しても頭を抱えることになることは間違いない。




