下級巫女、出張に行く ⑮
トリツィアとオノファノは、聖獣の元を去った後、また聖地巡りを始めた。
「オノファノ、あの崖の上、神聖な気配する」
トリツィアがそういえば、二人して素手で崖を登り、
「オノファノ、今日は神殿にお祈りに行くよ」
トリツィアがそういえば、神殿を訪れて神像の前で祈りを捧げ、
「オノファノ、あそこに魔物居る。石碑が壊されそう。倒すよ」
トリツィアがそういえば、二人で三階建ての建物ぐらいある巨大な牛型の魔物を討伐する。
自由気ままなトリツィアにオノファノはついていく。
そうして時間は過ぎていく。
「なぁ、トリツィア。そろそろ帰った方がいいんじゃないか? 神官長からも手紙が来ていたし」
「うん。あと一か所だけ見てから帰るよ!」
「残りの一か所ってどこだ?」
「あの山の一番上! 神の降り立った奇跡の場所って名称がつけられているんだって。今は魔物も多いし、その場所まで巡礼で行ける人は少ないみたいだけど」
「じゃあ行くか」
「うん」
トリツィアが指さした先は、先が見えないほどに高い山である。
山頂部分には雪が降り積もっており、時折凶暴な魔物の鳴き声が聞こえることもある。そういう場所である。
トリツィアとオノファノには、神官長からの手紙も来ている。
トリツィアが行きたいままに巡礼を続けていたので、それなりに時間も経過していたのだ。
「オノファノ、山頂まで競争しようよ!」
「競争?」
「うん。ただ登るより、そっちの方が楽しいでしょ?」
「トリツィアがやりたいなら、いいぞ」
そういうわけで、並の人ならば準備をして登らなければならない山道をトリツィアとオノファノは登っていく。
元々この山は巡礼地として栄えていた。ただある時から凶暴な魔物が現れるようになり、今はよっぽど準備をしないと進めない山道しか残っていない。
……トリツィアとオノファノはそんな山道さえも利用せずにずかずかと獣道を進んでいく。
途中で巨大な蜂の魔物の巣があったり、熊型の魔物に襲われたり――、そんなこともあったが二人にとっては関係がないのですぐに倒してどんどん進んでいった。
「上の方に行くと苦しくなる人もいるんだよねー」
「そうだな。環境が変わるから苦しくなるって聞くな。トリツィアのおかげで俺も苦しくないけど。ありがとう」
「このくらい、お安い御用だよ! それにしても空気が凄い気持ち良いね。こういう上の方は空気が澄んでいて凄く心地よい。神気もあふれているしね」
トリツィアの巫女としての力を使えば、どんな場所でだって問題がないと言える。トリツィアは自分でも戦える巫女であるが、補助能力もすさまじいものである。
信仰深いトリツィアは、こうして神気の溢れている場所へ向かうことが本当に楽しそうだ。
山頂は途中から雪が降り積もっていた。
その雪の中をトリツィアもオノファノも足場の悪さなどものともせずに進んでいく。
トリツィアの足取りは何処までも軽く、時々躓きそうになっても華麗に着地するだけの身体能力を持ち合わせている。
そして山頂の、トリツィアの目指す石碑の場所へとたどり着く。その石碑は不思議と昔からずっとこの場所にあるはずなのに汚れても崩れてもいない。
それは聖なる力がこの石碑に影響を与えている証なのかもしれない。
さて、石碑は無事である。
しかしその前には巨大な魔物がいる。その魔物は空を飛んでいる。巨大な鷲のような姿のその魔物が複数体。トリツィアめがけてとびかかってくる。トリツィアが避ければ、その魔物の爪は地面をえぐった。
「んー、邪魔だなぁ」
トリツィアはそう一言呟くと、地面を強くけってその魔物を蹴り落した。
地面へと強くたたきつけられたその魔物は、ぴくぴくと身体を痙攣させている。
その魔物は頭の良い魔物であるのだろう。仲間の一人が簡単に倒されてしまったのを見ると引いていった。
トリツィアには勝てないと判断したらしい。
「よし、邪魔な魔物はいなくなったわね」
トリツィアはそういうと、石碑に向かって祈りをささげる。
その石碑に書かれている文字は、トリツィアの知らない古代の文字だった。
読めないのかと残念がっているトリツィアに、女神様が声をかけてくる。
『トリツィア、私が読んであげましょうか』
(女神様! 助かります! ありがとうございます)
女神様はトリツィアの言葉に笑って、その石碑に書かれてる言葉を訳してくれる。
古代の文字だろうと、神にかかれば読めないこともないのである。
そういうわけで、誰も解読できなかった石碑に書かれたことをトリツィアは理解した。……この石碑の内容が解読されたということは神殿にとっては大発見になる。
今もなお、この石碑の文字を解読しようと聖職者たちは危険な山道を護衛を連れて登ることだってあるぐらいだ。
「よし、オノファノ。目的は達成したから下山するよー」
「もういいのか?」
「うん!」
そんな会話を交わして、トリツィアとオノファノは下山した。
……その後、その山を訪れる聖職者たちは不可解な現象を目撃する。というのも山頂付近で恐れられていた魔物の一種が、巫女服を着た者を襲うことがなくなったからである。
何が原因なのか、巫女服を着るものを恐れるようになったため、巫女たちは登山しやすくなった。
――しかし石碑に辿り着いたところで、その古代文字を解読できるものはいなかった。
ちなみにその原因の巫女はといえば、
「ただいまー!!」
下山した後、護衛騎士と共に走り抜け、大神殿へと帰宅しているのであった。
こうしてトリツィアの出張は終わった。




