女神様は、割と気軽に訪れる。①
トリツィアは、今日も今日とて楽し気に下級巫女としての暮らしを満喫している。
お祈りを捧げたり、巫女としての雑務をこなしたりしながら過ごしている。
そのトリツィアの隣にはよくオノファノがいる。とはいえ、もちろん常にいるわけではない。
トリツィアとオノファノは幼馴染であり、他の者たちよりは分かり合っているといえるが、それだけである。
トリツィアはオノファノのことで知らないことも多いし、オノファノもトリツィアのことで把握していないことは沢山ある。
「トリツィア、何をしているのですか?」
「騎士に頼んで買ってきてもらったものを運んでます」
「……貴方は時々、そうやって色々買い出しを頼んでますよね。食べすぎは身体に悪いですから気をつけなさい」
「はーい。分かってまーす」
トリツィアは、その日、両手一杯に物を抱えている。果物やお菓子などを部屋へと持ち込む。巫女は大神殿に個室をもらっている。トリツィアも下級巫女にしては、少し広い部屋である。
その部屋にトリツィアは沢山のものを持ち込む。これは時々トリツィアが行っていることである。
ちなみに巫女は神殿からきちんと生活を保障されており、望めば金銭をもらえたり、物を買ってもらえたりは普通にする。トリツィアが産まれるよりもずっと昔は、もっと巫女は清貧でなければならないとされていたが、今はそこまでではない。
そもそもトリツィアは何かを強制されることが嫌いな人間なので、そんなことをされればどんな風な行動をするか分かったものではないが……。
トリツィアは自分のやりたいように自由気ままに生きているような下級巫女なので、そういう時代に生きていれば巫女なんてやっていなかったかもしれない。
「ふんふふふ~ん」
トリツィアは、いつも鼻歌を歌っている。
彼女が歌っているのは、この国に伝わっている子守歌や恋歌が多い。あとは宗教関連の歌も。
トリツィアは公の場で、神様に捧げる歌を歌うことも当然あるのである。そういう時はもう少しきっちりとした服装で、神秘的な雰囲気で歌を歌っている。だけれども今はプライベートの場なので、そんな神秘的な雰囲気は全くない。
とはいえ、その周りには時折精霊と呼ばれる存在が顔を出す。
精霊とは、この世界に存在する自然をつかさどる存在である。女神の使徒とも呼ばれているもので、当然、普通の人には見えない。ただトリツィアには普通に見えるので、会話を交わしたりもしている。
とはいえ、基本的に精霊というのは、人の営みのある街にはあまりいない。どちらかというと人がほとんどいない場所に精霊はいるものである。だけど時折精霊も人のいる場所にやってくるので、そういう精霊はトリツィアに興味を抱いたり、トリツィアの歌に惹かれて寄ってきたりする。
『ソーニミア様に、あげるの? これも、どうぞ』
「ありがとう!」
自室へと沢山のものを持っていくトリツィア。そんなトリツィアにその日やってきた精霊は、丸々とした赤い果実を差し出す。艶のある赤い果実は、街で買おうと思えば高価なものである。
金銭で物を買ったりなどしない精霊だからこそ、簡単に持ってきているのだ。トリツィアは精霊との交友によって、そういう希少なものをそれなりに手に入れてたりする。
……それもあまり周りには知られていないことである。
トリツィアは自分の部屋にあるものがそれなりに希少だとは分かっており、加えて自分の部屋に誰かが入るのも嫌なので、基本部屋に誰も入ってこれないようにしている。
そんなトリツィアが特に誰も入ってこないようにする時がある。
――それはこんな風に、沢山のものを部屋に持ち込んだ時限定である。
部屋に沢山の物を持ち込んだトリツィアは、机を部屋の中心におく。そしてその上に皿に並べた果物や食べ物を並べていく。トリツィアは大雑把な人間だが、料理もそれなりにできる。それは下級巫女として此処で過ごしてきたからと言えるだろう。
特に下級巫女は、巡礼に出かける時も自分の手でなんでもすることが多いのでそれもあって料理がそれなりに出来るというのもあるだろう。
「準備完了!! あとは……」
トリツィアは、そんな言葉と共に自分の中にある力――巫女としての聖なる力を練っていく。その練られた美しくも純粋な力が、その部屋自体を囲む結界を生み出す。
……このような美しくも綺麗な結界をこんな部屋に生み出すなんて常人のやることではない。
そもそもこのトリツィアが生み出した結界は、それこそ誰もを通さないような、どんな相手でも壊すことが出来ないものだ。そんなものをたった一人の力で、簡単に生み出してしまうのがトリツィアの規格外なところであると言えるだろう。
さて、そんな場所に訪れるものがある。
「トリツィア」
それは女神様である。
女神であるソーニミアは、時折トリツィアに会いに地上にやってくる。
もちろん、普通にやってきたら大騒ぎになる。だからこそ、誰にも女神が訪れたことが知られないように、これだけ厳重に結界で囲っているのだ。