下級巫女、出張に行く ⑩
しばらく領主の屋敷にトリツィアとオノファノは滞在している。
トリツィアは領主の屋敷内にある祈り場を借りて、祈りをささげている。
(女神様、おはようございます)
『おはよう。トリツィア。その屋敷の者は、とても信仰心が強いみたいだわ』
(信仰心が強いのはとても良いことですよね! 私も女神様のことが大好きです)
『私もトリツィアのことが好きよ』
(ありがとうございます!!)
こうして出張の合間もトリツィアは女神様と時折会話を交わしている。
トリツィアは女神様と会話を交わすことがとても好きである。こうして出張の場でも一緒に会話を交わせることは本当に楽しいことなのだ。
「トリツィアさん、君はとても熱心だね」
「女神様のことを信仰していますからねー」
祈りを終えたトリツィアに、領主が声をかける。
トリツィアはそれに対して無邪気に返事をした。
その領主の目からしてみても、トリツィアという少女は不思議な雰囲気を醸し出している。
信仰心が強く、それでいていつだって無邪気に笑っている。どこか人間離れした雰囲気を醸し出しているのだ。
女神様、と軽く口にしてどこか気やすそうな雰囲気である。
可愛らしい見た目をしているが、得体のしれない。どこか強者のような風格がある。
「今度、この街で神へ捧げる祭りがあるんだ。そこで踊ってみないかい?」
「祭りですか? 神様に踊りで捧げる感じですかねー?」
「そうだな。それだけ熱心な信仰心をもつトリツィアさんの踊りなら神様も喜んでくれるだろう」
トリツィアはそんな風に言われて、なんだか楽しい気持ちになった。
トリツィアは、女神様のことが好きである。いつも優しく、話していると楽しい。だからこそ、そんな女神様を楽しませられるのならば、出張の合間に参加してもいいかもしれないと思った。
「では、参加させてもらいます!」
トリツィアは領主の言葉にそう返事をして、にこやかに笑うのだった。
その後、オノファノのもとへと向かってトリツィアは「祭りで踊るからね」といってにこにこと笑った。
「踊るのか。トリツィアは運動神経が良いからな。きっと綺麗だろうな」
「ふふっ、一応巫女として祭事の踊りも習っているしね! 久しぶりだなぁ。女神様にささげるんだよ」
トリツィアは巫女としての暮らしが長く、そういう祭事の際の踊りなども堪能である。信仰心の強いトリツィアはそういう神殿での行事に関しては真剣に取り組んでいる。
運動神経の良いトリツィアは、踊りも簡単にこなす。というより、基本的にトリツィアは苦手なことはあまりない少女である。
「綺麗な服を着させてもらえるんだよ! 面白そうだよねー。こういう場所での祭りって規模大きそうだよねー」
「楽しそうだな」
「楽しいからね。女神様に向かって踊りを奉納するからね」
「俺もトリツィアの踊りを見れるのは楽しみだ」
「ふふっ、よーく見ておいてね」
トリツィアはそんなことを言いながらにこにこ笑った。
さて、そういうわけでトリツィアとオノファノはその街にしばらく滞在することになった。祭りで捧げる踊りは、トリツィア一人で踊るわけではない。
トリツィアは同じく踊りを奉納するこの街の信者の少年少女たちと会った。巫女だけではなく、信仰心の強い者たちは毎年踊るのである。トリツィアがこうやって急に踊りに参加することに不服を感じている者もいるみたいだった。
というのも、お祭りで神様に踊りをささげるというのは名誉なことでもあるらしい。基本的に信仰心の強い者が踊るが、踊ることでその後に縁談が舞い込んでくることだってあるのである。
またトリツィアが可愛らしい見た目の少女だから――余計に妬ましさを感じている者もいるらしい。ただトリツィアは周りからどういう目を向けられようとも変わらない。
何よりトリツィアの踊りが洗練されているものだったので、余計にトリツィアを良く思っていないようだ。
「何よ、あの女。領主に気に入られて祭りに参加するだけじゃなくて、ちやほやされるなんて」
そんな風に、一人の少女が口にしている。
その少女は金色の髪の派手な見た目をしている。目立つからこそ、ちやほやされてきた。
だからこそ、トリツィアという存在が気に入らないと思っている。
(あの女のことをどうにかしないといけないわね。こうやって目立つなんて許せないもの。巡礼の巫女だとか知らないけれど、このままでは済ませないわよ! 大体、あれだけ見た目が良くて踊りも出来るなんて生意気だわ)
――そういう悪意が、トリツィアに襲い掛かろうとしている。
普通の少女だったならば、ただのか弱い少女ならば――、それで心が折れたりもするかもしれない。だけど相手はトリツィアである。
それからトリツィアに向かって、嫌がらせを少女は繰り返した。
ただし、トリツィアは何も気にしていない。
「ふふふ~ん」
トリツィアにとって、ちょっとした嫌がらせは嫌がらせと認識されることではなかった。なのでご機嫌に鼻歌を歌いながら祭りに備えていた。




