下級巫女、出張に行く ⑧
トリツィアとオノファノは、巡礼ではじめに訪れた街を後にして、次の場所へと向かう。
街に滞在している間は、神にまつわる地を回って掃除をしたりした。あとは冒険者の危機を助けるのも時々あったが、本当に時々だったので二人がその街で有名になることはなかった。
そもそも本当に強大な力を持つ魔物も誰にも目撃されることもなく倒していたりする二人である。特に有名になることを二人は望んでいない。望めば二人ともすぐに名声が手に入るのに、そんなものはどうでもいいと二人は思っている。
「今日は天気が悪いね」
「大雨だな。トリツィアのおかげで何も心配はないが」
「ふふん! 私の前では雨なんて関係ないからね」
トリツィアとオノファノは駆けている。
ちなみに今日の天気は雨である。それは小雨ではなく、大雨。大きな音を立てて降り注ぐ水の恵み。天候というのは、度が過ぎれば生き物にとっては害になるものである。こういう大雨の中、外に出れば遭難する者もいたりする。
その中をトリツィアの力で全くものともせずに走り回っている。
「しかしこういう大雨の中、走り回るのも楽しいよね」
「それはトリツィアだからだろう」
「すごい川がぶわーってなってるよ」
「……氾濫しそうで困るな」
「氾濫したら多分周りの村とか沈む?」
「かもな。水害はそれだけ大変なことだから」
「んー。じゃあ、溢れないようにしておくか」
トリツィアは近くを流れている川を見て、溢れたら困るかな? と簡単に口にする。そして手をふりかざして何かをした。
「何したんだ?」
「補強! これだけ雨降ってるから、溢れないようにしたの。精霊たちも手伝ってくれたしね」
大雨の中爆走するトリツィアに精霊達も当然気づいて話しかけてきていたので、川の氾濫をしないようにするのに手伝ってくれた。
オノファノには精霊の姿は見えないので、精霊が力を貸したと聞いて驚いた顔をした。ただトリツィアが嘘を吐かないことは知っているので、精霊が此処にいるのかと納得する。
「そうなのか。精霊様、ありがとうございます」
「オノファノは精霊見えないもんね。でも精霊もオノファノのことは気にかけているよ」
「そうか」
「うん。オノファノは面白いからね」
大雨の中でそういった会話を交わしているトリツィアとオノファノ。多分、見ているものがいたら驚くことだろう。
その大雨で川が氾濫するのではないか……と近隣の村は心配していたのだが、驚くほどに川の流れは穏やかだったことに奇跡が起きたと噂されることになる。ただ川への対処をした張本人のトリツィアはそんなことは知らないままである。
さて、大雨の中走り続けるトリツィアとオノファノはその最中で大きな魔物を見た。蛇のような姿をしたそれは、何だか変なことを口走っている。
「くくくくっ、この雨でようやく我が封印がとけた! 女子がいるではないか! 我が供物として――ぐごっ」
その体長は十五メートルほどであろうか。緑色の鱗に覆われた巨大な蛇が川の上に浮いていた。その脇に巨大な石がある。
その巨大な蛇は、トリツィアの姿を見つけると、何かしようとして――煩いとばかりにトリツィアに殴られていた。
「……トリツィア、最後まで言わせてやれよ。可愛そうだろう」
「えー? 私のことを供物とかわけのわからないことを言う蛇の話なんて聞く必要ないでしょ?」
「まぁ、そうだが……。この蛇はなんか復活したばかりみたいな雰囲気出しているだろう? 多分、何か理由があって封印でもされていたんじゃないか?」
「悪いことしたからそうだったってことでしょ? じゃあ、串焼きにしようよ。美味しそうだし、私こういう大きな蛇の串焼き見た事ないもん」
トリツィアは軽い調子でオノファノの言葉にそう言い切った。
ちなみにそんな穏やかな会話をしている視界には、トリツィアに殴られて痙攣している蛇がいる。……その蛇は理解が出来なかった。
封印されて早百年ほど、ようやく大雨でその封印がとけ、復活した。これから好き放題にしようと思っていたのに、封印が解けた後にはじめて遭遇した人間がトリツィアとオノファノだったという不運なことになっていた。
(な、なんだ。この人間は……。それによく考えればこの大雨の中、どうしてこんな風に平然と外にいるのだ? それにわれのことを串焼きなどと……。怖い。しかし、我がこんな人間が二匹しかいないのに……、降伏するのは……)
そのプライドが、その蛇の命運を分けた。
「貴様ら、我を誰だと思っている! 食らってやる!!」
「よし、串焼きにしよう」
どうにか痛みを抑えながらトリツィアとオノファノを威嚇した蛇は、トリツィアの軽い言葉の後、絶命させられた。
そしてその後、大雨の中、その蛇は大きな木の枝で串焼きにされて食された。トリツィアがガードしているので、大雨でも串焼きが簡単に出来た。
「こんなにでっかい串焼きって初めてだなぁ。楽しい。今度、大神殿でもこういう串焼き作って皆に振る舞おうかな?」
「いや、困惑されるだけだから一旦やめとけ」
「んー。そう? じゃあ、やめとく。オノファノもこれ、食べよう」
「ああ」
元気なトリツィアとオノファノは、大雨の中、その蛇の串焼きを分担して食べた。
そうして復活すれば人々は絶望に追いやられると言われた、一部地域で恐れられたその蛇は復活を誰かに知られることなく食べられてしまったのであった。




