下級巫女、出張に行く ⑥
「大きな湖だわ」
「こんな山の上にある湖だと、訪れる人も少なそうだよな」
トリツィアの目的としていた伝承の残る湖は、山の頂の方にあった。
魔物も生息しているこの山の湖を訪れる者はそんなにいないだろう。結局のところ、幾ら信仰深い聖職者だって、実際に自分でその神の力を感じられなければその信仰がぶれることも多々ある。
よっぽど信仰深い存在以外、こういう場所まで巡礼には来ないというのが現実的な話である。
トリツィアは女神様と実際に会話を交わしているような稀有な存在なので、神の存在を疑うことはないがそのように神の存在を実際に感じられる者は少ない。
「湖の中にも危険な魔物とかはいなさそうだわ。やっぱり神の縁の地だからかな?」
「そうなのか?」
「うん。全然いない。この地に降りた神様はよっぽどこの場所が好きなんだと思う」
トリツィアは、そんなことを言いながら水面をじっとのぞき込む。
その水は何処までも透き通っていて、見ているだけで心が洗われるような気持ちになるものである。
「今は、神様、此処にいないみたい。折角だから、此処の神様の話を聞くのも楽しそうって思ったけれど、いないなら仕方ないよね。神様は忙しいし」
トリツィアは軽い調子でそう言い切って、その湖で祈りをささげる。
こうやって神に祈りをささげるという行為が、トリツィアは好きである。基本的に大神殿では、祈っている最中に女神様と会話を交わしているわけだが、今回は他の神と神聖なこの地に祈りをささげているのでいつもおしゃべりな女神様も祈っている間にトリツィアに話しかけることはなかった。
「よしっ、折角だから泳いじゃおう」
「待て待て、脱ごうとするな」
「え? 別にオノファノしかいないから大丈夫じゃない?」
トリツィアは、折角こうした場所に来ているので泳ごうと思ったらしい。
いきなり巫女服を脱ぎ捨てようとしたので、オノファノが慌てる。トリツィアはオノファノの言葉に不思議な顔で言う。
信頼を勝ち取っているのは嬉しいものの、オノファノは何とも言えない気持ちになっている。
ひとまずオノファノが背を向ければトリツィアは巫女服をするすると脱いで、湖へと入る。
「はぁ、気持ち良い!!」
美しい神力の満ちたこの場所で、湖につかるととても幸せな気持ちになるものである。トリツィアは全身を湖に入れ、そして頭もつけて空を見上げる。青い空と白い雲が広がっている。
トリツィアは信仰深い巫女であるので、こういう場所にはいくらでもいられると思っている。
だからこそ、しばらくの間トリツィアは湖につかっていた。
その間、オノファノは背を向けたままだった。ただ、きちんとトリツィアが危険な目に遭わないように気配察知はしているが。
トリツィアは「気持ちよかった」と湖から上がる。そしてすぐに身体をかわかすと、すぐに巫女服を身にまとう。
「オノファノも泳いだらよかったのに。凄く気持ちよかったよ?」
「いや、流石に一緒には泳がない。それよりももういいのか?」
「うん。お祈りしたし。ここの神様には会えなかったけれど、まぁ、私の祈りは届いたんじゃないかなって思うからね。こういう場所に来ると、なんだか力も増す気がするわ」
「それ以上、力を増してどうするんだよ」
「ふふ、力はあるだけあればいいでしょ? そういう力があればあるだけ自由に動けるし」
「まぁ、そうだな」
「でもオノファノがいてよかったよ。他に私の巡礼スピードについてこれる騎士いないし」
トリツィアがにこにこと笑いながらそんなことを言えば、オノファノも笑った。
オノファノからしてみればトリツィアを追って騎士になったので、トリツィアにそんな風に言ってもらえることは嬉しいことである。
「それで、この後はどうする? 一旦、街に戻ってから違うところ行くか? しばらく街にとどまるか?」
「んー、もう少し神様の関わりのある場所があるか確認してからかな。あるのならば、そこもめぐっておきたいし。それが終わったら次のところに行く。あんまり時間をかけすぎても神官長にも怒られそうだし」
「そうだな。あんまり帰らないと小言は言われるだろう」
「報告の手紙も送らなきゃだよね。面倒だな。オノファノが送ってくれる?」
「俺が送るからトリツィアは好きにしてていい」
そんな軽口をたたきながら、二人は街へと一旦戻ることにした。
ちなみにその戻る速さもすさまじいものであった。
トリツィアは街に戻ると、軽い調子で山に行っていたことなどを聞かれたら宿の人などに答えていた。
ただしそれは普通の人からしてみればそんな風に山頂付近の湖から日帰りで帰ってきて、疲れてもいないというのは信じられないことらしい。
トリツィアは虚言癖があるように見られていた。ただ本人は気にしていなさそうなので、オノファノも特に何も言わなかった。




