下級巫女、出張に行く ①
「トリツィア、浄化の旅に行く番が来たぞ」
「出張ですね!!」
「また不思議な言い回しをするな」
「ふふ、女神様が言っている言い回しなのですよ。浄化の旅は久しぶりですねー。オノファノ連れてけばいいです?」
神官長であるイドブから呼び出されたトリツィアは、浄化の旅の話を聞いて嬉しそうに笑う。
大神殿に居る巫女たちは、浄化の旅に行くことを嫌がる者も多い。苦しむ人々を助けたり、聖地で祈ったり……とそういうことをするための旅は、正直言って移動距離が多く、大切に育てられた巫女にとっては辛い部分もあるのだ。
ただしトリツィアはそれに対して悲観的なことは一切考えていない。むしろトリツィアにとっては時々旅に出れるのは嬉しいことである。
正直大神殿としては、自由気ままなトリツィアが浄化の旅に出たまま帰ってこないなどということがあったりしないだろうかと若干の不安は抱えている。ただトリツィアが下級巫女という立場を気に入っていることは知っているので、送り出すことにしていた。
ちなみにこの浄化の旅、時々行われるものなのでトリツィアにとっては久しぶりの旅である。その頃よりトリツィアは少し……いや、大分たくましくなっていた。
「オノファノを連れていくのは当然であるが……他は?」
「他は……ついていけないんじゃないですか?」
「……いや、それはそうだが。トリツィアも以前の浄化の旅の時は護衛騎士を沢山連れて行っただろう?」
「その時の私はまだまだでしたからね! 今なら別にそんなに護衛騎士いらないです」
「いや、いらないのは分かるが……」
「オノファノと二人なら、走って回れますよね!」
「……馬車は?」
「馬車も使わなくても行けますよ。せっかくなので、そういう風にだだだって肉体で回るのもありかなーって」
トリツィア、つい最近女神様からそういう縛りプレイ的なゲームの話を聞いたためそんなことを楽しそうに語っていた。
結構酔っぱらった女神様は、適当なことを口にしていたりする。そしてその適当な言葉にトリツィアは影響されることも多い。
「走る気か? どれだけかける気なのだ?」
「馬車より走った方が早いですよ。それに飽きたら馬車使いますよ! オノファノと二人の方が自由に出来ますし―。っていっても巫女としての評判が下がるようなことはしないですよ!!」
「……自由に、暴れる気か?」
「暴れるって、神官長、ひどいです! そんな言い方だと私が自由になるたびに暴れているみたいじゃないですか」
本人に自覚はなくても十分暴れているとイドブは思った。
正直オノファノと二人でトリツィアを外に解き放つのは、少々の不安が残る。しかしトリツィアの言うように、オノファノ以外トリツィアについていけそうな護衛騎士など情けないことに一人もいないことは事実であった。
(普通の護衛騎士たちをトリツィアにつけてもついていけないことが多いだろう。通常浄化の旅に騎士をつけるのは巫女を守るためだが、トリツィアを害せるような存在が世の中にはいるとは思えない……。むしろトリツィアの方が色んなものに被害を与えそうだ。……下手にトリツィアを納得させられずに大神殿に対して嫌悪を抱かれても困る。……ふむ、許可するか)
イドブは考えていて、トリツィアがオノファノと二人で浄化の旅に向かうのは良いことかもしれないと思った。まぁ、考えるのが面倒になったからというのも理由だが。
普通なら貴重な存在である巫女が害されるかもしれないと許可出来ないことだが、トリツィアならば問題がない。むしろトリツィアが良いことを行えば大神殿の評価も上がる。
……トリツィアが盛大に何かをやらかして、大神殿の評価が下がる可能性もあるが、そこはオノファノに期待する限りである。
「うむ。許可しよう」
「了解です。いつから行けばいいですか? 今日?」
「流石に今日は早急すぎる。トリツィアには準備はいらないかもしれないが、オノファノには準備が必要だろう。せめてオノファノが言う準備期間は作りなさい」
「それもそうか。了解です。オノファノのところ行ってきます」
トリツィアは元気にそう答えて、イドブの前から姿を消した。
イドブはその姿を見ながら、オノファノに心の中でエールを送っていた。きっとオノファノは確定でトリツィアに振り回されることだろう。
(オノファノはトリツィアについていけるただ一人の騎士だ。それにトリツィアに慣れている。きっと無事に戻ってくることだろう。そしてトリツィアがやらかす場合は止めてくれるはずだ。……騎士としての手当だけ多めにしておこう)
そんなことをイドブは思うのであった。
トリツィアに振り回されているオノファノの給料は結構よかった。これもトリツィアに振り回されている分の手当である。




