力があるというのは、それを使う義務があると言うことではない ⑥
「ねぇ、少年はどうして私に力を貸してほしいの?」
「……少年って、僕はシャルジュって名前があるんだよ」
「シャルジュね。で、何の用?」
トリツィアは笑みをこぼしながら、そんなことを聞く。
シャルジュは、トリツィアを前に少しびくびくしながら口を開く。
「……僕は、旅芸人の一座『ウテナ』の一員だ」
「ああ、結構人気の唯一無二の旅芸人の一座ね。私も名前は知っているわ。そういうところの子が、どうして私に助けてほしいの?」
トリツィアはそんなことを言いながら、じっと、シャルジュの顔を見る。
旅芸人の一座、『ウテナ』は周辺諸国を含めて、様々な土地を回っている存在である。
トリツィアもその噂は聞いたことはある。いつかその芸を見てみたいとトリツィアも思っていたぐらいである。ちなみにこの旅芸人の一座、かなり前から存在している歴史のある一座である。
(その一座に所属している少年が、巫女の力を求めているなんて不思議ね。というか、長い間存在している旅芸人の一座だからこそ、色々と困ったことにもなっているのかもしれない)
そんなことを思いながらもトリツィアは、じーっと凝視している。
「……僕たち『ウテナ』は、色んな国とかかわりを持っている。その国の後ろ暗い部分も沢山知っている。でも少し知りすぎてしまった」
「ふぅん。で? ただの巫女が国家間の出来事に関わる事は出来ないと思うけど」
「いや、国家間の出来事に関わらせようとは流石に思ってないよ。ただ敢えて向こうが、僕らの元に疫病を広めようとしたんだ」
「……あー。敢えて病原体をまわりに広めようとしたってこと? 最悪だね」
自分の政敵をどうにかするためにという理由で、病原体を敢えて広めようとする。
それは愚かな行為である。それを広めて、望む結果以上のことになることは当然ある。トリツィアも女神様から、そういうことが起きた時のことを聞いたことがある。
とある国が、隣国に対して病気を持つ動物を広め、その結果、その動物を解き放った国も、滅びたということがある。疫病というのは恐ろしいものであるというのを、トリツィアは歴史や女神様から聞いた話で知っている。
「……それで病気にかかった者は、そのまま自分から死のうってしてた。でも僕はそれが嫌だった。だから、巫女を探しに来たんだよ」
「それ、急がなくて大丈夫なの?」
「……病気を治すことは僕たち自身では出来ないけれど、隔離ぐらいなら出来るんだ。僕たちの一座には長い歴史があるから。そういう能力持ちもいるから。でも……流石に巫女の力を持つ人はいないから」
シャルジュの言葉を聞いて、トリツィアはなるほどねと思いながらシャルジュを見る。
「――私は巫女としての力、結構強いと思うよ。女神様も言ってたし。だから治すぐらいなら多分出来ると思う。それで、私がそれをしたとしたとして、私にどういった利益がある?」
トリツィアは、ただでそういうことをやる気はない。
親しい人相手だったらただで動いたりもするかもしれないけれど、基本的にタダよりは高いものはないと思っている。というか、これは女神様が時々行っている言葉でもある。
トリツィアにとって力を使うことは、容易なことである。
それでも対価を、覚悟を、シャルジュから示してもらいたいとトリツィアは思っている。
誰かに何かを頼むということは、そんなに簡単なことではないのである。
「……僕は、皆に死んでほしくない。これ以上病原菌を広めるわけにはいかないと、そういう気持ちも分かるけれど……僕はそこまで割り切れない。それは嫌だと思うから、お姉さんに助けてほしい。僕の持てる力で返せるものならば、何だって返す。それに『ウテナ』もお姉さんのために力を尽くす。自由に使ってもらっていいから。お願い」
「それって勝手に貴方が決めてもいいの? あと疑問なのだけど。貴方はその病気にはかかってないの?」
「……一応、僕に任せるとは言われているから。それにお姉さんは、変なことに僕たちのことを使ったりしなさそうだし。あと僕は病気に対する耐性が一番強いから、そういうのにはかからないから」
「ふーん。そうなのね。何かしらの加護みたいなのもあるのかもね。それにしても『ウテナ』かぁ。そうね、元気になったら私に劇を見せなさい」
「え?」
「前々から少し気になっていたのよ。だから劇を見せなさい。それでいいわ。あとは何かあった時に声をかけるぐらいで」
トリツィアはそれだけの言葉を口にして、何事もないように笑う。
それがどういう病気なのかもまだ分からないのに、それでもトリツィアは治せると思っているようである。
「それだけで、いいの?」
「うん。それだけでいいよ。特に頼みたいこともないし。さて、じゃあ行こうか」
「え」
「ああ、でもオノファノには言っておかないと面倒か。一旦オノファノの所行くよ」
「え」
トリツィアは有言実行の少女である。
すぐさま行動に移すために、オノファノの元へと向かうのだった。




