力があるというのは、それを使う義務があると言うことではない ⑤
「お、お姉さん、痛い……は、離して」
怯えたような表情を浮かべる少年。その表情は庇護欲を誘うものだが……トリツィアからしてみれば、どうでもいいようだ。
「離してじゃないわよ。こっちに手を出しておいて、自分が手を出されないとどうして思うの?」
トリツィアは無邪気な表情でそんなことを言い放つ。
トリツィアという少女は、そういう表情を向けられても容赦はしない。自分の思うままに、自分の意志を貫き通す。
ひとまず巫女に手を出したり、トリツィアの力を自由に使おうなどと馬鹿なことを言う存在に対して彼女は躊躇わない。
「ひっ」
そしてその容赦のない様子に、少年は怯えたような目を向ける。悲鳴が聞こえてもトリツィアは、その手を離さない。
「ねぇ、私の知り合いの巫女を怖がらせるのやめれる?」
「……お姉さんが」
「私に無理やり力を使わせたい、利用したいっていうなら私は貴方達をつぶすわ」
「み、巫女がそんなことを言っていいの?」
「ええ。巫女は神に仕えるものだけれども、だからって自由がないわけでもないわ。少なくとも私がそう言う風に生きたからと女神様が私を見捨てたりはしないもの」
――トリツィアは女神と友達だからこそ、女神のことをよく知っている。神に使える奇跡の力を持つ巫女は神聖でなければならない、清らかでなければならないと思っているものは結構いる。
けれどもそうでは決してないとトリツィアは知っている。
「は、はい」
「うん。良い子ね。聞き訳が良い子は私はいいと思うわ」
「え、ええと、お姉さん。でも僕たち、本当に困っていて」
「頼み方がなっていないわ。そもそも困っている人を全員助けられるような万能性はないもの。私は私が助けたいと思った人を自分の意志で助けるだけだよ?」
トリツィアはそう言いながらようやくひねっていたその手を離した。
トリツィアの言葉は何処までもはっきりしている。彼女の意志は曲がらない。
トリツィアにそんな風に言われた少年は、また体を震わせた。
「頼み方がなっていないって……僕はどうしたら……」
「それは、貴方が決めることだよ。少なくともね。私は力があるからって、それを無条件で使わなければならないとは思わない。貴方が本当に私のことを動かしたいのならば――貴方が自分で考えて行動しなさいよ。あと、私の知り合いの巫女たちにちょっかいを出すなら許さないから」
――トリツィアはそれだけ言うと、オノファノに「行くよ」と声をかける。オノファノはそれに頷く。
「トリツィア、あいつの願いを聞くのか?」
「んー、それはあの子次第かな。オノファノ的にはどう思う?」
「それはあいつが何を考えてトリツィアに話しかけてきたかによるけど。でもトリツィアが嫌ならばどんな事情でもそれを聞く必要はないけどな」
「うん。分かっているよ。私もやりたくないことは全くやる気はないから。というか、オノファノも知っているでしょ。私を無理強いさせることなんて出来ないって」
「まぁ、それはな。トリツィアをそういう風に動かせる奴なんていないだろうな」
トリツィアはオノファノとそんな会話を交わす。
そして二人は神殿へと戻った。
「ねぇねぇ、オノファノ。これで一先ず巫女たちに何かしている人たちはどうにかできたけど……あの少年、やってくると思う?」
「さぁな。本気で何か叶えたい願いがあるのならば、本気で頼みに来ると思うけれど」
「ふぅん。なんか私、自分の力でどうにかしようとしなくて、誰かに頼んで人生をどうにかしようとする人、正直よくわかんないからなぁ」
「それはトリツィアが自分でそれだけの力があるからだろ」
トリツィアは、巫女としての力を存分に発揮している存在だ。女神と友達で、巫女としての絶大な力を持ち合わせている。
そう言う力を持っているからこそ、トリツィアは自分の力ですべてを解決していく。誰かに頼むことなど、トリツィアはせずに、その気持ちも分からない。
「オノファノも似たようなものじゃない?」
「俺も……他よりは出来るけれど、それでもそういう誰かに手を伸ばしたくなる気持ちはわかるからな」
「へぇ、オノファノでもそうなんだ」
「ああ」
オノファノは、神殿騎士としてトリツィアについていけるだけの力を持ち合わせている。だけれども、トリツィアほどの異端さはない。
だからこそ、オノファノはトリツィアよりはそう言う気持ちがわかったりもする。とはいえ、本当の凡人からしてみれば、オノファノも十分に異常さを持ち合わせているが。
そんな会話を交わしたトリツィアとオノファノは、あの少年たちが接触してくるかもしれないと考えてもう少しだけその街に留まることにした。
しかししばらくの間留まっても彼らが接触することはなく、一度トリツィアとオノファノはドーマ大神殿に戻ることになった。
――そしてドーマ大神殿でのんびりと過ごす中で、大神殿へと侵入者があった。
「あの時の少年じゃん」
それを捕まえたのはトリツィアだった。トリツィアに捕まれているあの時の少年は、驚いた顔をしていた。




