力があるというのは、それを使う義務があると言うことではない ①
第二王子殿下はあれから、ドーマ大神殿にはやってきていない。
そのことに巫女の一部は大変残念がっているようだが、トリツィアの機嫌を損ねた王子だからと第二王子の評判は下降していた。
このドーマ大神殿に居れば、トリツィアという少女の異常性と、特別さを理解することが出来る。
――決して敵に回してはいけない。
トリツィアはそういう存在である。
(女神様、最近平和ですねー)
『ふふ、時々間諜の類を見つけていても、平和だなんていうのがトリツィアらしいわね』
(そのくらいなら日常茶飯事ですしねー)
ドーマ大神殿を探ろうとしている間諜の類は少なからずいる。そして巫女という特別な力を利用しようと考えているような存在も。
トリツィアが巫女になってから、そういう連中は軒並み返り討ちにされている。ドーマ大神殿を利用しようとしても、利用できないといったものが大量にいるのである。
トリツィアにとって、そういう怪しい連中を捕らえることもまた日常の中の一部であった。
『トリツィアがあまりにも術者や間諜の類を捕まえたり、対応するから、そういう世界の中ではドーマ大神殿は力試しの場所にもなっているみたいよ』
(なんですか、それ)
『このドーマ大神殿で『獲物を狩る猫』に見つからなければそれだけで実績になるんですって』
(何その、変なあだ名)
『トリツィアの可愛い見た目と、手腕を知った者がつけたらしいわよ? 前にトリツィアが捕まえた子、そういう世界で成り上がっているのよね。トリツィアに捕まったからこそ、慢心していた気持ちが折れて努力家になったようだから』
(へぇー)
トリツィアは、女神様の言葉を聞きながらどうでもよさそうに返事をしていた。
トリツィアは女神様と話すことが好きだけれども、そういう記憶に覚えてもいない存在が成り上がっているなんて情報はどうでもいいと思っていた。
トリツィアの頭の中に、女神様のくすくすとした楽しそうな笑い声が響いていた。
『トリツィアは本当に興味がないことにはとことん興味がないわね。周りに振り回されない所がトリツィアらしいわ』
トリツィアという少女は、周りにどう思われるかなどということを気にしない。
自身が特別な力を持ち合わせ、その力を存分に振るうだけの才能があることを把握していても、その力のことを恐れてさえもいない。
――周りから振り回されるではなく、周りを振り回すタイプの人間である。
トリツィアに一番振り回されているのはドーマ大神殿であろう。
昔からドーマ大神殿にいる者たちはすっかりトリツィアの行動に慣れ切っているが、トリツィアの性格を後から知った者は大変振り回されるものである。
さて、今日も今日とて、トリツィアは下級巫女としての生活に勤しんでいた。
時々女神様と話し、時々オノファノと身体を動かし、好きなように自由に過ごしている。
そんな中で珍しくトリツィアの元へ来訪者があった。
トリツィアは基本的に触るべからずと思われていて、トリツィアに必要以上に接触をあまりしてこないものが多いのだ。
「トリツィアさん、いますか」
そう問いかけたのは比較的会話を交わす年上の巫女、ラウダの声であった。ただラウダもわざわざトリツィアの部屋には来ることはないので、トリツィアは不思議そうな顔をする。
のんびりだらだらと過ごしていたトリツィアは、巫女服を整えてから「はーい」と返事をして扉を開ける。
(わざわざこうしてやってくるってことは、何かあったってことだよね)
トリツィアは、こうして部屋まで訪れたのだからきっと何かあったのだろうとそんなことを確信していた。
「トリツィア、突然ごめんなさい。貴方が部屋に誰かに来てほしくないことは承知しておりますが、少し困ったことが起きているのです」
「ト、トリツィアさん、すみません!!」
「トリツィアさん……話を聞いてもらっていいですか?」
申し訳なさそうなラウダの後ろには、トリツィアよりも後に巫女となった二人の少女の姿があった。
ラウダはともかくとして、残りの二人の顔色は大変悪い。
トリツィアとそこまでかかわりのない二人はトリツィアの機嫌を損ねたのではないかとハラハラしているようだ。
正直、このくらいではトリツィアの機嫌は悪くはならない。
トリツィアはその様子を見ながら、怯えられているなーなどとのんきに考えていた。
「いいですよー。それで、ラウダさん。どういった御用ですか?」
「私がというより、この二人がなのですけれども……。神殿の外に出た時に不可解なことが度々起きているそうなのです」
「それって、神殿騎士の仕事では?」
巡礼や外に人を癒しにいったり――そういった巫女としての仕事をしに外に出た時に不可解なことが起きているらしい。
しかし巫女の不安を取り除くのは神殿騎士の仕事である。
「それはその通りなのですが……、どうやら神殿騎士たちにもその原因が掴めないようなのです」
ラウダは神妙な顔をしてそう言い切った。




