彼女は下級巫女、ただし女神様とは友達 ②
祈りの時間。朝、昼、夜の祈りの時。
トリツィアは周りから見ると真摯に信仰深く、ただ祈りを捧げているようにしか見えない。
だけどその内心では、この国で最も信仰されている女神――ソーニミアと会話を交わしているのだ。
『はじまりの巫女』の逸話にも多々出てきた偉大なる女神である。
その女神の声を聞けるものはあまりいない。信仰深い神官長などが時々聞けるぐらいだろうか。
だというのに、トリツィアという下級巫女は、当たり前のようにソーニミアの声を聞いていた。
『今日もトリツィアは楽しそうね。私もトリツィアと話すと一日が始まったなと思うわ』
(女神様は少し疲れ気味ですか? またお酒飲んでたです?)
『ええ。私の故郷から取り寄せたお酒を皆で飲み比べしていたのよ! 酔わないようにも出来るけど、ああいうのは酔った方がお酒を飲んだ気になれるから思わずそうしちゃうのよね。旦那にはほどほどにって言われたけれど』
(クドン様は女神様のことを心配しているのですよ。私はまだお酒を飲んだことはないけれど、そのうち飲んでみたい!)
『巫女はよっぽどの時じゃないとお酒を飲まないようにって言われているものね。正直その崇めている私が飲兵衛だから不思議だけど』
(女神様、飲むの大好きですもんね)
この国で最も信仰されているソーニミアは、神々の世界でよくお酒を飲んでいる。その事実はあまり知られていない事であろう。
毎日のようにお喋りをしているので、トリツィアはソーニミアがどういう存在なのかをきちんと理解している。理解した上で、幻滅することもなく、寧ろ親しみやすいなと思っていたりするのである。
『それにしてもこうしてトリツィアと話すようになって結構経つわね』
(はい。結構経ちましたね)
『正直、はじめて私の声がトリツィアに届いた時はすぐに聞こえなくなると思っていたわ』
(私もです。でも幸いにもこうして女神様と一緒に喋れて嬉しいですよ。こうして長く女神様と話せているからこそ、女神様も素の姿を私に見せてくれてますし)
ソーニミアと、トリツィアが会話を交わすようになって、六年ほどが経過している。それまでの間は、トリツィアは女神であるソーニミアと会話を交わすことも出来なかった。そもそも巫女としての力を見出された時には、まだまだトリツィアは力が弱かった。
だけど毎日祈りを捧げ、毎日巫女としての活動に勤しんでいる間にその力は徐々に増していったのである。
そして九歳の時にトリツィアは女神であるソーニミアの声を聞く事が出来た。その時のソーニミアはこういう風に素の姿をトリツィアに見せているわけがなかった。それでいてトリツィアもこれだけ明確にソーニミアの言葉を聞けたわけではなかった。
だけど日に日に、トリツィアは力を増していき、ソーニミアの言葉を聞き取れるようになっていた。こうして祈りの時間に他愛もない会話を交わせるぐらいには強力な力を持てるようになったのだ。
そして女神であるソーニミアもそうして時々会話を交わしながら過ごしているうちに、トリツィアのことをすっかり気に入ってしまった。というわけで、朝、昼、夜の祈りの時間はお喋りタイムである。
祈りを終えたトリツィアは立ち上がり、巫女としての務めに向かう。
ちなみに、祈りの時間を過ぎたトリツィアはすぐに掃除に向かう。下級巫女は巫女の住まいの掃除も大事な仕事である。ちなみに寄付を多くしている上級巫女はあまり掃除などの雑用はしない。王侯貴族ばかりなので、そういう仕事をしたがらないものが多いのだ。
ただこの神殿では最低限、雑用なども上級巫女はしている。トリツィアは掃除の仕事も好きなようで、にこにこと笑いながら意気揚々と掃除をこなしている。トリツィアが掃除をこなしていれば、他の下級巫女もトリツィアの事を遠巻きにしながらも、仕事をこなしている。
「ふんふんふ~ん」
『ご機嫌ね、トリツィア』
(はい、楽しいですよー)
祈りの場でよく女神様とお喋りをしているトリツィアだが、聖なる力が強くなっていった結果、祈りの場以外でも女神であるソーニミアとお喋りをすることが出来る。
鼻歌を歌いながら楽しそうに巫女としての生活を過ごしているトリツィア。
周りは彼女が女神と会話を交わせていることは知らない。
だけれども彼女は自由気ままに生きているので、彼女の異質さは感じ取っていると言えるだろう。
だからこそ、
「トリツィアさんだわ」
「……何だか今日も楽しそうね」
「でも下手に機嫌を損ねないようにしましょう」
そんな風にこそこそされている。
その大神殿にいる多くの巫女たちに遠巻きにされてたり、一目おかれていたり――そういう存在であるけれども彼女はあくまで下級巫女という立場である。
彼女は下級巫女、ただし女神様とは友達で、今日も楽し気にそこで生きている。