王子様、来訪する ⑥
ジャスタの顔は青ざめている。突如として救おうと思っていた存在に花瓶を投げられて、驚くのは当然である。
「ジャスタ様に何をする!」
「何をするじゃないです。そこの王子がレッティ様に訳の分からないいいがかりをするからでしょ。レッティ様はとてもやさしいし。そもそも私が何かされているかもって、嫌なことしてくる人がいたらぶちのめすからそんなのないし。そして求婚なんてされても迷惑なだけだし。貴方達もこの王子の付き人なら、変なこと言うのどうにかしてくださいよ」
トリツィア、王子についてきた者たちに睨みつけられてもいつも通りである。
正直言ってトリツィアからしてみれば、相手がどんな立場だろうとも、その周りにいる連中から何を言われようとも、どうでもいいと思っている。
「なっ――、ジャスタ殿下は貴方の――」
「煩いです。面倒なことを言うのならば、私は問答無用で怒りますよ!!」
トリツィア、そんなことを言いながら彼らを睨みつける。
睨みつけた彼らは怯む。トリツィアの本気が分かったからだろう。
ジャスタもそんなトリツィアに、思わず口を開く。
「き、君は本当に、王子である俺の求婚を受けたくないのか? それにこの上級巫女が優しいとは……」
「聞き訳が悪いですね。王子様。私は貴方の求婚など受けません。減らず口を言うのならばぶちのめします。無理やり求婚して結婚するのなんてセクハラと一緒ですからね! セクハラするやつはぶちのめしていいのですから」
「……そうか。そんな無理強いはしない。すまなかった」
ジャスタはトリツィアの本気を実感して、すぐに謝罪をする。
ジャスタは思い込みが激しい方だが、流石にトリツィアの態度に理解したらしい。トリツィアは正直謝るのならば最初からしなければいいのにと思っている。
「納得してくれたならいいです。レッティ様、虐めたら怒りますからね。貴方が王子様だろうとも、私はぶちのめします。よし、言いたいことは言った! 私帰る」
「トリツィアさん、ありがとう。突然呼んでごめんなさい」
「いいですよー。私、このままいると王子様にもっと怒りそうだし。帰りまーす。オノファノ、ストレス発散付き合って」
「ああ」
トリツィア、ひとしきり言い切るとオノファノを連れて去っていった。
トリツィアとオノファノがいなくなった後に、残されたのはレッティとジャスタたちだけである。
「あの下級巫女はなんですか!?」
「ジャスタ殿下にあのような――」
「静かにしてください。トリツィアさんは本当に怒ったら大変なので、怒らせないようにしてください。第二王子殿下、お願いですからトリツィアさんになるべく関わらないようにしてください。トリツィアさんは今ので第二王子殿下を嫌な相手と思ったと思います」
「……ああ。あの威圧感は本物だろう。あれは本当に下級巫女なのか?」
「力だけで言えば誰よりも強いです。トリツィアさんが暴れたら大変なことになるでしょう。トリツィアさんはそれが出来るだけの力を持ちます。そして本人は下級巫女のままであることを望んでいるので、下手に表に出させるのも駄目です。トリツィアさんの望まないことをやったら国が終わると思ってください」
ジャスタ、真剣なレッティの言葉を聞いて「それほど……!?」と引いている。
しかしレッティが何処までも真剣なので、ジャスタはそれに頷く。ジャスタについてきた者たちは不快そうな表情を浮かべていたが、ジャスタがトリツィアとレッティにこれ以上何も言うつもりがないのが分かったのか、それ以上何も言わなかった。
ジャスタもあの尋常ではないトリツィアの様子に、すっかり先ほどまでのトリツィアを助けなければならないというそういう熱い気持ちはすっかり沈下している。
(あの可憐な巫女は、俺のことに興味がないのか。それでいてこのドーマ大神殿で一番力を持っているような上級巫女にあれだけ言われると言う事は本当に力が強いのだろう。……しかし王子である俺に興味がないとは。可愛いし面白い子だ。今は駄目でもいずれ、近づくことが出来れば……)
さて、ジャスタはあれだけ脅されたにもかかわらずトリツィアに近づきたいと思っているようだった。
そのことはレッティに悟られていた。
「第二王子殿下。トリツィアさんはとても魅力的な方ですけれど、駄目ですよ。第二王子殿下では手に負えません。近づけさせません。あんまり刺激するとドーマ大神殿が崩壊し、国が荒廃します。王家が滅ぶ覚悟があるならともかく、ないならやめてください」
レッティにまで、そう言われて、ジャスタは此処の巫女は油断がならないと身体をぶるりと震わせた。
そして何か音がすると外を見た時に、ストレス発散をしているトリツィアとそれに付き合っているオノファノを見て顔色を悪くした。
その尋常じゃない動きは目で追えないほどである。というより下級巫女と護衛騎士が何をやっているのか? と目を疑っている。
「第二王子殿下、もし怒らせたらあの力が自分の身に向かうんですよ? わかりますね?」
そして脅すようなレッティの言葉にジャスタたちは頷き、青ざめたままいそいそとドーマ大神殿を去っていくのであった。
今後、この王子様がどんなふうにドーマ大神殿と関わっていくのか、それとも何一つかかわりもなく自分の人生を歩んでいくのか――それはまだ誰にも分からないことである。
何にせよ、トリツィアは王子様がどう動こうとも好きに動くだけである。




