王子様、来訪する ⑤
トリツィアに近づき、その手を掴もうとするジャスタ。
しかし、その手は空振りに終わる。トリツィアは好いてもない相手に手を掴まれる趣味はない。
「え?」
ジャスタはそれに驚き、トリツィアを見る。そしてその緋色の瞳が冷たく光っているのを見てたじろぐ。
「私がレッティ様に虐められているなんてありません。レッティ様のこと、私好きですよ!」
「まぁ、ありがとう、トリツィアさん」
トリツィアはレッティのことを気に入っている発言をすると、レッティは少しだけ照れたように笑った。
オノファノはトリツィアの後ろで、ジャスタが何かやらかさないかと目を光らせている。トリツィアが幾ら自分一人でなんでも出来るような巫女だったとしても、それでも護衛騎士として、そしてトリツィアに惚れている者として目を光らせるのは当然であった。
トリツィアとレッティの間でにこやかな雰囲気が醸し出されているが、ジャスタは理解できていないらしい。そして空気も読めないらしかった。
「いや、それは言わされているのだろう! 王子である俺の前に姿を現わさないように言いくるめられているのだろう。君のような可憐な巫女がいれば、自分が王子に見初められないと思って意地悪をされているのだろう? それに護衛騎士が一人しかついていない状況で、夜に出かけるなど冷遇されているとしか思えない!!」
「いや、何勝手にそんな勘違いしているのですか。王子様。私はレッティ様を心から気に入ってますよ! というか、王子様に見初められたいとか思ってないし、護衛が一人しかいないって別に問題ないですし。散歩に行きたいからってオノファノがついてきてくれただけだし」
「そんな言い訳をしなくていい! この腐った大神殿から俺が君を連れ出す。俺と結婚しよう!」
「嫌ですよ! 何で好きでもない相手のプロポーズ受けなきゃいけないんですか!!」
「え、いや……?」
「だから、嫌だって言っているでしょ。それにドーマ大神殿は王子様が思うほど腐ってませんし」
はぁ、とため息交じりにトリツィアがいう。
ジャスタは当然、トリツィアがこの言葉に喜んでくれると思っていたようで、驚いた様子だ。ジャスタについてきた者たちも驚いている。
王子の求婚を断る下級巫女がいると思わなかったらしい。
「し、しかし君は下級巫女だろう。下級巫女は神殿内での立場も悪いだろう。此処から出たいとは……」
「しつこいです。私は好きで下級巫女をやっているので、関係ないです。この大神殿での暮らし、気に入ってますし」
トリツィア、途中から相手にするのが面倒になっていた。
レッティに助けを求めるように視線を向けている。レッティはそれにくすりと笑って告げた。
「第二王子殿下、トリツィアさんはこういう子です。トリツィアさんの事を第二王子殿下に会わなかったので誤解されたのかもしれませんが、トリツィアさんはこの大神殿の中でも特別な存在です。第二王子殿下とトリツィアさんが会うことで面倒なことが起こるのではと懸念してました。実際にこうしてトリツィアさんの意志を無視して第二王子殿下は求婚をし、トリツィアさんに迷惑をかけています」
「なっ……」
「トリツィアさんが怒ったらどう責任を取ってくださるのですか? トリツィアさんは嫌いな相手に容赦がないです。第二王子殿下が好き勝手この大神殿で変なことを言い出したらトリツィアさんは間違いなく怒ります。トリツィアさんに暴れられたら……オノファノさんぐらいしか止められないでしょう。寧ろオノファノさんは理由次第ではトリツィアさんに追随するので、苦労が二倍です。トリツィアさんを怒らせないでください」
「はい?」
レッティが今この場で最も優先しなければならないことはトリツィアを怒らせないことである。トリツィアならばジャスタが気に食わなければ間違いなく手が出る。そして例え王族が敵に回ったとしても問答無用で制圧可能だろう。
何せ、誰よりも巫女としての力が強く、女神の声も常時聞けるようなある意味化け物のような存在である。
そんなものが暴れて、しかもオノファノまで追随したら目も当てられない。
だからこそ一生懸命言葉を紡ぐが、ジャスタには伝わらない。ジャスタにはレッティの言葉がごまかしているように聞こえたらしい。下手に正義感が強く、思い込みが激しいからこそと言えるだろう。
「な、何を訳の分からないことを! 訳の分からないことをいって俺を混乱させようとしているのだろう。それにあの子も下級巫女のままがいいなんて、そんなことはあるわけがない! 王子の俺の求婚を断るなんてありえない。お前みたいな性悪な上級巫女がこの場にいるか――」
だけどその激高したような言葉は、最後まで続けられなかった。
「レッティ様に何を意地悪いっているの? つぶすよ?」
表情は笑顔。だけれども怒りでいっぱいのトリツィアがその辺に飾ってあった花瓶を思いっきり投げたからである。ジャスタの頬をかすめたそれは、大きな音をたてて割れた。
ツーっと、血が流れる。




