王子様、来訪する ②
さて、その日、ドーマ大神殿はざわめいていた。
それも王子様がこの大神殿を訪れるからである。ちなみにレッティはこのドーマ大神殿の顔として、王子を迎えるために大忙しである。
王子様を迎える巫女たち以外の巫女も、王子に見初められたいと必死であった。
そんな中でマイペースにいつも通りに過ごしているのは、限られた人数だけである。
「トリツィア、今日は王子が来ているんだから大人しくしておけよ?」
「なるべく。そうする」
「……トリツィアのなるべくは当てにならないんだよなぁ」
「そんなジト目で見られても困るよ。私はいつも通り過ごすだけだよ!」
「そのいつも通りがやばいだろ」
オノファノの言葉を聞いても、トリツィアは素知らぬ顔でいつも通りである。
……トリツィアは、目の前にいるのが誰だろうが、この調子であろう。それを思うと王子の前にトリツィアを出さないようにしようとする神殿の動きは当然と言えば当然であった。
「いいか。トリツィア。何かむかつく事を言われたとしてもすぐに手を出すなよ?」
「んー、なるべく!」
「なるべくじゃなくて、絶対だぞ? 相手は王族だからな?」
「でも嫌なことされそうになったら、正当防衛必要でしょ?」
「それはそうだが。……えっと、トリツィアの事は俺が守るから、とりあえず王子がいる間はお、俺の傍に居ればいいんだよ」
「ん? 分かった。なんかかっこつけたこと言ってるね!」
オノファノは好きな子にそういう言葉をかけるのが恥ずかしかったのか少し顔が赤い。
だけどその様子に気づいているのか、気づいていないのか……トリツィアはただ笑うだけである。
『あらあら、トリツィアは罪な子ね』
(女神様、私何もしてないよ?)
『ふふふ、滾るわぁ! 良い酒の肴だわ!』
どうやら女神様は、酔っ払っているようだ。恐らく夫である神のクドンと飲んでいるのだろう。
トリツィアは女神様の言っている言葉の意味は分かっていないが、女神様が楽しそうなのでいいかなと思っていた。
さて、そうやってトリツィアとオノファノがのんびりと会話を交わしている頃、ムッタイア王国の第二王子であるジャスタ・ムッタイアは神官たちに世話をされていた。王城から侍女や奴隷たちがついてきているが、その数も多いわけではない。
王族と神殿の仲は現在悪くはない。とはいえ、とても良いというわけでもない。
ジャスタは、椅子に腰かけて、笑みを浮かべている。
とはいえ、その笑みは決して心から浮かべているわけではない。王侯貴族のたしなみである作り笑いというやつである。
ジャスタがわざわざこのドーマ大神殿までやってきたのには目的がある。
それは――、
(このドーマ大神殿の闇を暴いてやる!)
このドーマ大神殿に対して疑惑を抱いているからである。
言ってしまえばジャスタという王子は、正義感が強く、少しだけ暴走気味なところがある。
今回も勝手に暴走して此処にきているようなものである。王侯貴族となれば、少しぐらい薄暗い所があるのも当然と言えば当然だ。逆にすべての問題をなくそうとすればそれはそれでその国が大きければ大きいほど問題になることだろう。
ジャスタは真っ直ぐな性格をしているのもあって、このドーマ大神殿の闇を暴こうと決意している。
その決意に満ちた意志を対峙しているレッティは、何だか少し面倒そうだなと思っていた。
(第二王子殿下は、巫女を娶るために此処に来たわけでもなさそう。寧ろこのドーマ大神殿に対して良い感情を抱いていない。私を見る目も笑っていない。神殿全体についてそういう感情を抱いているのか、それともこのドーマ大神殿のことが嫌なのか。どちらにせよ、トリツィアさんには遭遇させないようにしないと!)
ジャスタがレッティに対しても、大神殿に対しても良い感情を抱いていないことはレッティには分かった。
他の巫女たちは、にこやかな作り笑いにぽーっとした表情を浮かべているが、貴族の出であるレッティには作り笑いであることがよくわかった。
何が目的かなのは分からない。
けれども王族であるが故にジャスタの事を蔑ろにするわけにはいかない。
(一先ず、本人が望むようにドーマ大神殿内を案内しましょう。ドーマ大神殿内を色々と見て回りたいようだから、案内するとして、でも目的のものが見つからなかったら何度もくるのかしら。流石に何度もこられるとトリツィアさんと遭遇する可能性も出てくる。……いえ、挨拶ぐらいならばいいのだけれども、トリツィアさんは色々とおかしな方だから、興味を持たれてもややこしいことになるわ。トリツィアさんが本気を出したらこのドーマ大神殿が崩壊するような未来しか見えない……)
レッティはそんなことを考えて、なんとかジャスタに穏便に帰ってもらうようにしようと決意するのであった。
――だけれどもドーマ大神殿内を案内したものの、ジャスタは納得しなかったのか、何度もドーマ大神殿にやってくることとなる。




