王子様、来訪する ①
「トリツィア!」
「あら、オノファノ、どうしたの?」
「どうしたのじゃない! あの中庭の惨状、絶対トリツィアだろう!」
「ええ。そうよ。だって変なの飛んでたから、ちょっとつぶしたの」
オノファノがトリツィアにといつめれば、トリツィアは朗らかに笑う。
まったくもって悪気などなさそうである。
ちなみにドーマ大神殿の中庭は、破壊されていた。昨日までは壊れていなかったのに、破壊されていたので、ちょっとした騒ぎにはなっていた。
とはいえ、このドーマ大神殿にはトリツィアがいるので、どうせトリツィアのせいだろうとは思われているようだ。それだけトリツィアは色々なことをやらかしているので、このドーマ大神殿では神殿の一部が破壊されていることなど日常茶飯事である。
というわけで全部トリツィアのやらかしたことだと皆分かっている。
「変なのって?」
「なんか誰かの使い魔的なの。結構強かった。とりあえずぶちのめした」
「そうか……。此処って結構色んなのがよってくるよな。でもトリツィア、神殿に害成すものをどうにかするのは、巫女であるトリツィアではなくて、俺たち神官騎士の仕事なんだか……」
「私より先に気づかなかったオノファノたちが悪いんだよ? 私より先に気づけばいいの!」
などとトリツィアは自信満々に言い切る。
しかし規格外の巫女であるトリツィアより先に気づくというのは正直言って難しいことであると言えるだろう。
オノファノも危機管理能力がトリツィアほどではないが優れている。何かよからぬ輩がこのドーマ大神殿に近づいた時には、すぐに動ける先鋭の騎士である。とはいえ、トリツィアという存在よりは先には気づけない。
(守られるべきトリツィアの方が俺よりも先に気づくなんてそんなのは駄目だ。俺がもっとトリツィアよりも先にそういう輩が近づいていることに気づけるようにならないと……)
いつでもずっとオノファノは、トリツィアにおいつくことばかりを考えている。トリツィアという存在に追いつけなければ告白なども出来はしない。
オノファノはトリツィアに今まで通りにいてほしいと思っているが、それでも追いつけるぐらいに少しずつ停滞してくれればいいのにと思わないわけではない。ただ……トリツィアという存在の成長が止まることがないだろうというのもちゃんと理解している。
「ドーマ大神殿は他の大神殿よりもややこしいものがいろいろと引き寄せられているよな」
「私が来た時からずっとそうだよ。ドーマ大神殿は大きな神殿だから、それだけ色んな思惑を持って此処にやってきている人が沢山いるんだよ」
――そもそもイドブ神官長があんなふうに擦れてしまったのも、このドーマ大神殿にすり寄ってくるものが沢山いたからというのが一番の理由であろう。もっと小さな神殿の神官長であったならば、イドブも道を間違えることはなかった。
けれど此処はそれだけ色んな考えを持った人が集まる特別な大神殿である。
そのドーマ大神殿の中で特別視されているトリツィアはそれはもう特別な存在であると言えるだろう。
『トリツィア、オノファノはトリツィアのことを心配しているのよ』
(私のことを? 私は大丈夫なのに?)
『大丈夫だったとしてもトリツィアのことを大切に思っているからこそ、心配しているの。もちろん私もトリツィアのことをお友達と思っているからこそ、無茶なことはしないでほしいとは思っているわ』
トリツィアはオノファノと話している時に女神様の声を聞いていた。
トリツィアは特別な少女で、特別な力を持っていて、正直に言えば一人でだって何だって出来るような少女である。
トリツィアは自分が出来ると思って沢山の事を成す。危険なことだろうとも出来ると思ったことならば誰にも相談せずにやってしまうような子である。
だからこそオノファノも女神様もトリツィアのことを沢山心配している。トリツィアが如何に強かろうともこの世に絶対などなく、何かの拍子にトリツィアだって危険な目に遭うかもしれないから。
「まぁ、先に言えるなら言ってから今度から行動するよ。それでいい?」
「ああ。それで俺も一緒に行く」
トリツィアは心配されることは嬉しいので、一旦そう言っておく。オノファノはトリツィアの言葉に嬉しそうに笑っていた。
「そういえば、トリツィア聞いたか?」
「何を?」
「この国の王子がドーマ大神殿にやってくるって」
「へぇ」
古来より、神殿と王室というのはそれなりに関わり合いを深めてきていた。王子が巫女を娶ることも当然あったし、逆に神殿と王室が争っている時は国が割れるのではと言われるほど大変だったりしたらしい。
そういう歴史をトリツィアは女神様より直接聞いたことも結構ある。
トリツィアにとってはどうでもいい話であるが、王子がくるというのは大ニュースである。
気に入った巫女がいれば嫁ぐことになるのではないかと神殿内はざわめいているようだ。




