異世界から何か来るそうですよ? ①
異世界。
それはその名の通り、この世界とは異なる世界のことを指す。
その存在を信じている者も居れば、当然、信じていない者もいる。
下級巫女であるトリツィアは前者である。というのも彼女は親しくしている女神様が、元々異世界で人として生きていたことを知っている。異世界の存在を否定するということは、女神様の言葉を否定することに繋がってしまうのだ。そのようなことを女神様を信仰するトリツィアがするはずがないのである。
ちなみにだが、この世界には時折異世界からの贈り物と呼ばれるものが届くことはある。ただしその事象が起きること自体は本当に珍しい。トリツィアの暮らしている大神殿ではその贈り物の一つが保管されているので、彼女はそれを見たことがあるがその程度である。
ただその異世界の贈り物に関しては、おそらく女神様が居た世界とは別の世界から落ちてきたものらしいので彼女はそこまで興味を抱いていなかった。
「ふんふんふ~ん」
今日もトリツィアはご機嫌である。
鼻歌を歌いながら、大神殿の廊下を歩く。普段と変わらないそんな様子を見ていると、結婚式を控えているとは思えないかもしれない。
そう、トリツィアはオノファノと結婚することを決め、結婚式の準備を進めていた。
平民は式など挙げずに結婚することも多いのだが、女神様がトリツィアの結婚式を見たいと言っていたので行うことにした。あとただ単に結婚式というものを開催するのは初めてなので、どういうものかやってみたいと思ったという好奇心もある。
(お母さんたちも私がオノファノと結婚するって言ったの喜んでいたなぁ。この前会ったばかりなのに、私の結婚式だからすぐに駆けつけるって書いてあったし)
家族仲の良い彼女は、当然のことだが遠く離れた地で商売をしている彼らにすぐに連絡をした。手紙を渡す際に、結婚の報告と言ったこともあって早急に届けられたようであった。
家族はトリツィアのことを大切に思っている。それでいてオノファノのことをよく知っているので、返事の手紙にはお祝いが書かれていた。
(巫女姫様とか、ヒフリーとか、シャルジュとか、あとは加護持ち王子様とかも来るって言ってたからなぁ。あんまり大規模にするつもりはないのに、神官長がきちんとしなさいって色々言ってくるのだけ面倒かもー。でも色々費用出してくれるのは助かるけど)
トリツィアは呑気にそんなことを考えている。
神官長が口出しをしてくるのは当たり前と言えば当たり前のことであった。なぜなら、その参列者は有名人ばかりである。幾ら彼女が参列者を絞るとはいえ、巫女姫や勇者、『ウテナ』の面々、加護持ちの王子などが来るのであれば大事である。
(レッティ様や大神殿の巫女達もお祝いしてくれるって準備してくれているしなぁ。やっぱりこういう風に結婚をお祝いされるのは良いことだよね)
反対されるよりもこうやってお祝いをしてもらえる方が嬉しいことである。トリツィアはにこにこしている。
何よりもトリツィアとオノファノの結婚式で、一番喜んでいるのは女神様である。結婚式の翌日には、一緒にお酒を飲もうという話をしている。その際にオノファノも一緒に混ざるかどうかはまだ確認中である。
「トリツィアさん」
トリツィアが大神殿内を歩いていると、他の巫女に声を掛けられる。
「はーい。何か用ですかー?」
彼女は振り向き、笑顔でそう言って問いかける。
「トリツィアさんとオノファノさんの送別会についてだけど……」
「いつでもいいですよー。そもそも送別会って言っても、私もオノファノもここには来ますしねー」
巫女の言葉に、そう答えるトリツィア。
流石に結婚した後も大神殿に居るのは……という話になって、彼女と彼は街に家を借りることになった。
これまで結婚後に巫女の力を失う者はかなりの数が居た。上級巫女であるレッティは結婚後もその力を失わずにいるが、それは例外である。だから結婚するとなると大神殿を出ていくものが多い。トリツィアとオノファノに関しても、神官長から通うのは問題ないから街で家を借りるようにと言われたのでそうすることにしたのである。
大神殿には結婚後も通い続けるわけだが、巫女や神官騎士達は送別会を開いてくれようとしていた。トリツィアは巫女の力が発現してからずっと、この大神殿で暮らしていた。結婚後、下級巫女という立場が変わらないにしても大神殿を出ていくなどといった変化は少なからずある。
――彼女は不思議な感覚になっている。
マオとジンはそのまま大神殿で飼われることになっている。新居に連れていくことも検討していたのだが、彼らはオノファノの機嫌を損ねたくないし、新婚の邪魔もしたくないとそのままである。
トリツィアとオノファノはその後も大神殿に通う予定なので、それで特に問題はないのだ。
そうやって、全く変わらないように見えて結婚を決めてから少しずつ彼女の環境は変化している。




