面倒な話が舞い込んできたようです ⑬
トリツィアの言葉を聞いたオノファノは当然、固まった。
まさか、こんなことをトリツィアが言い出すとは思ってなかったのだろう。
彼女は固まったオノファノを楽しそうに見ている。
――オノファノは、そんな彼女をじっと見据える。その緋色の目が、楽し気に揺れていた。こんなことを彼女が言い出したのは、好奇心からだというのは分かっていた。
ただ、本当に嫌だったらそもそもトリツィアがこんなことを言いださないことも十分に分かっていた。
「……トリツィア、好奇心でそういうのを簡単に言うのはやめた方がいい」
オノファノはトリツィアの無邪気な誘惑を聞いても、自制していた。それは勢いのままに行動した結果、彼女が後悔するのではないかとそんな風に思ってならないのだろう。
「んー? なんで?」
「……あのな、そういうのは人によっては軽いか重いかは別だとは思うけれど、少なくとも俺にとっては大切なことだ。それにトリツィアも異性とそういうことはしたことがないだろう?」
オノファノはそう口にしてまじまじとトリツィアのことを見る。
彼の葛藤を考えるに、おそらくトリツィアとキスはしたいと思っているが勢いのままにそういうことをするのは……と躊躇しているのであろう。此処で勢いのままに行動をすればいいものを、オノファノは大変真面目なところがあった。
「そうだよ? 私、そういうの興味なかったもん。あ、でも小さい頃にお父さんにしたりはしたかも」
「それはノーカウントだろ」
「まぁ、そうだね。私にとってもキスってどうでもいいことではないよ?」
トリツィアは昔のことを懐かしむかのように発言をする。幼い頃の彼女のことを、オノファノはよく知っている。
その頃のトリツィアは、まだ今よりも普通の皮を被っていた。今ほど、規格外ではなかった。
だけどその無邪気な微笑みも、その明るい性格も……昔と今で変わらないものの一つである。
「だったら、簡単に誘ってくるな。俺じゃなかったらそのままキスしてたぞ」
「んー? 別にいいよーって思っているからだよ? オノファノは私のこと大好きみたいだし、私もキスってどんな感じかなってちょっと気になるし」
「もっと自分を大切にしろよ……」
「大切にしてるよー。女神様がね、キスを出来るかどうかも一つの判断基準だって言ってたの! 誰かを好きになったり、誰かと付き合ったりするきっかけって人によって違うんだって。女神様はね、少女漫画では本当に色んなパターンがあったって言ってたよ。ちょっと大人なお話もあったらしいの!!」
「少女なのに、大人な話……? いや、まぁ、トリツィアの言う通り、確かに色んなきっかけがあるし、色んな形があるはずだとは思う。そんなに好きでなくても付き合ったりとかもあるらしいし」
「そうなの? 好きじゃないのになんで?」
「恋人がほしいからとか、なんとなくとか、振られた腹いせとか……まぁ、そういう風に色んな理由で誰かと付き合ったりしているのは聞いたことはある」
「へぇー」
「そういう人は自分で決めてそれでいいと思ってそうしてるし、恋愛経験豊富な人が多かったみたいだけどな」
彼女はオノファノの話を聞きながら、恋愛経験豊富な人が知り合いに居るだろうかと思い浮かべてみる。
(んー。全然思いつかない。私は巫女として大神殿に居るから、あんまりそういう恋愛に奔放な人って知らないしなぁ。でも確かに女神様からもそういう人がいるっては聞いたことがあるけれど。そういえば女性慣れしている遊び人には気を付けるようにとも女神様は言ってたなぁ。オノファノは全然そういうのじゃないよね。女の子と遊んでいるのとか見たことないし、いつも私の傍にいるし)
じっとオノファノを見ているトリツィア。
(女神様は、男の中には野獣みたいに女の子を食べちゃおうとする人もいるって言っていた。なんだろう、そういう機会があったらすぐに手を出したりするんだって。好きな人にはすぐにそうやって触りたくなったりもするんだって。でもオノファノは私がいいよーって言っても我慢してるなぁ。別にいいのに。私もキスってどんな感じか気になるのにな)
彼女の目も、表情も――全てが好奇心に満ちている。
噂に聞くキスというものが、どういうものなのかを知りたいのだろう。
「トリツィア、黙り込んでどうした?」
「んーとね」
トリツィアはそう言いながら、オノファノにグイッと近づく。
(オノファノは私とキスしたくないわけじゃないみたいだよね。どちらかというと、私のことを大切に思っているから止めてるだけ。うん、オノファノらしいなぁ。なら――)
トリツィアはにっこりと微笑んだかと思えば、「ごめんね?」と口にして、そのままオノファノの唇に自分のそれを押し付けた。
「は!?」
すぐさまは離された唇。オノファノは、驚愕の声をあげている。
「ごちそうさま」
それとは正反対に、彼女はただ楽し気に笑っていた。
……起こった出来事が理解出来ずに固まっていたオノファノは、その後、顔を真っ赤にして正気を取り戻した。




