面倒な話が舞い込んできたようです ⑫
次々とオノファノの口元へパンを持っていくトリツィア。その最中に時折思い出したように自分でももう片方の手でパンを食べている。
行儀は悪いものの、特に注意をするものはいない。
「なんだかオノファノって私が差し出したものならなんでも食べそうだね?」
「それはそうだろう」
「私が変な物渡したらどうするの?」
「トリツィアは渡さないだろう。それに仮にトリツィアが変なものを渡すとしたら知らずに持ってきたものだろうし」
トリツィアの疑問に、オノファノは軽い調子でいう。
「まぁ、それはそうだけど……」
「もし俺が食べて体調崩したらトリツィアが悲しむの分かっているから、胃を鍛えとく」
「食べないじゃなくて、そういう選択するんだ?」
彼女は彼の言葉がよほど面白かったのか、楽し気に笑っている。
「ああ。俺はトリツィアが俺にくれるものなら、全部受け取りたいから」
「おー、凄いね。そんなに重い感情何処に隠していたの?」
「結構バレバレだったと思うけど」
「そうなんだ。私全然分からなかったなぁ。でもよく考えてみると、オノファノっていつも私のことを優先していたもんね? 専属の護衛騎士だからかなーとか呑気に思っていたけれど」
「俺はトリツィアが巫女になったから、護衛騎士になろうと思ったんだ。トリツィアについていけなかったら俺は騎士なんてなろうと思わなかったし、他の人間相手にそんなにずっと傍に居ようとは思わないよ」
彼女と彼は、そんな穏やかな会話を交わしていく。
(オノファノはいつも私についてきてくれる。私のやりたいことを手伝ってくれるし、私が突拍子もないことをすると呆れはするけれど、何だかんだ笑顔で受け入れてくれる。……それにしてもそっかぁ。私のことが好きじゃなかったらオノファノは此処にいないのかぁ)
トリツィアはまじまじとオノファノのことを見ながら、これまでのことを思い起こす。
オノファノと一緒に過ごしてきた日々のこと。それを思うと、確かにオノファノはトリツィアのことをとても大切にしていた。
それだけ自分の存在がオノファノに影響していることが、彼女には驚くことで、だけれども嫌ではないことだった。寧ろそれだけオノファノは自分を大切にしていたんだなと思うと、それはそれで嬉しいとも思っていた。
「そっかー。私と一緒に居ると、オノファノは嬉しいんだね。そんなにずーっと、私と一緒がいいの?」
「ああ。……俺はな、この先もずっとトリツィアと一緒がいいんだ」
「うんうん。なるほどー。オノファノは私の見た目も好きだったりする? 女神様にもかわいいーって言われるけれど」
「ああ。藍色の髪は綺麗だなと思うし、小さくて可愛いなって」
「そうなんだー。私も老いるよー? 可愛いおばあちゃんになるかわからないけれど」
「トリツィアがトリツィアであればいいんだよ。確かに俺はトリツィアの見た目を可愛いと思っているけれど、それだけで好きなわけじゃない」
「私が違う見た目でも好きだったとかそういう感じー?」
「そういうときにならないと分からないけどな」
オノファノは彼女が無邪気に問いかけてくるから、そのペースに乗せられてか、自分の気持ちを偽りなく口にする。
周りからは注目を浴びているが、彼らはいつも通りである。
「そっか。オノファノは私に何をしたいって思っているの?」
「……何を聞いているんだ?」
「んー? 私のこと好きだと、どういうことしたいって思うのかなって」
「そうだな……。撫でていいか?」
「んー? 私のこと撫でたいの?」
「好きだから、触りたいっては思うものだぞ」
「そうなんだ? 私に触りたいんだ? 撫でる? いいよ、別に」
トリツィアはそう言いながら、自分の頭をオノファノに差し出す。
無防備すぎるようには見えるが、それはオノファノへの信頼の表れともいえるだろう。それでいて仮にだが……彼が彼女が嫌がることを行ったのなら、迷わずぶちのめされるだけである。
トリツィアはそれだけ強者であり、幾らオノファノが規格外の強さを持ち合わせていたとしても本気で抵抗されれば大変なことになるだろう。
好きな子に、そんな風に頭を差し出されたオノファノは戸惑った表情である。本当にいいのだろうかと言った様子で、恐る恐る手を差し伸べる。そして彼女の頭を撫で、髪に触れる。
さらさらの藍色の髪に触れているだけなのに、オノファノはドキドキしていた。
……あまりこういう状況で、それも自分の気持ちが知られている状況で頭を撫でることに落ち着かないのだろう。
「オノファノ、ずっと撫でてるね?」
「すまない」
「謝る必要はないよー? 私がいいって言ってるし」
トリツィアがそう口にすると、そのままオノファノはずっとトリツィアの髪に触れていた。
「オノファノ、そんなに私に触りたいのー?」
「……なんかこれで頷いたら、俺、変態みたいじゃないか」
「気にしなくていいよ?」
「まぁ、うん……」
頷くオノファノ。少し照れくさそうにしている。
(誰かを好きだなって思ったらそうなるもんなんだねー。そういえば、女神様が……)
トリツィアはそんなことを思考しながら、楽しそうに笑う。
「オノファノ、キスしてみる?」
そう問いかけるトリツィアは、好奇心に満ちた目をしていた。




