面倒な話が舞い込んできたようです ⑪
真っすぐな目で見つめられ、オノファノは一瞬固まった。しかし、にこにこしながらこちらを見ているトリツィアを見ると、答えなければならないとは判断したらしい。
「……これから恥ずかしいことを言うが、引くなよ」
「んー。別に引かないよー? 誰かに好かれているってことは嫌なことじゃないし。オノファノがそういう感情抱いているからって、嫌になったりはしないよ」
彼女は本心からそんなことを口にしている。トリツィアからしてみれば、オノファノが自分に好意を抱いているというのはもう既に把握していることなので、それで引くと言われていてもよく分からないのかもしれない。
「……可愛いと思っている」
「そうなんだ?」
不思議そうな顔をしたまま、面白そうにトリツィアはオノファノを見ている。
首をかしげる様子も、愛らしいものである。
「そうだよ。トリツィアはなんだろう、深く考えずに動くというか、のほほんとしているというか……そういう穏やかな雰囲気が可愛いと思う。今、首をかしげているのも。いつまでたっても無邪気というか、何があっても明るいところも」
「へぇー、そうなんだー」
「そうだよ」
「可愛いだけー? ほかにも何かあるの?」
「凄い聞きたがるなぁ……」
「うん。まぁ、ずっと一緒に居たオノファノが私が知らないだけで、どんな感情抱いていたのかなって気になるもん」
トリツィアはそう言いながら、まっすぐにオノファノを見ている。どこか、楽しそうな様子である。
そんな会話を交わしながら二人は広場内を歩き、隣り合ってベンチに腰掛けた。
――彼女は、もっと聞きたいとばかりにオノファノの目をじーっと見ている。
「なんだかんだ周りを大切にしていて、誰かのために怒れるところとかも好きだなと思っている」
「ふーん。そうかなー?」
「そうだろう。トリツィアは女神様に例えば何かあったりしたら怒るだろう?」
「うん。女神様にはね、笑顔が似合うんだよー。楽しそうにしているのを見るのが私は好きだなって思うもん。女神様との会話はね、気が楽だし、ただ楽しい」
「そういう風なところも、トリツィアだなって思う」
「うん。私は私だよ? あ、もちろん、オノファノが悲しそうでも私は嫌かも」
「……そうか」
「うん。嬉しい?」
「そりゃあ、嬉しいだろう。俺はお前のことが好きなんだって言ってるだろ」
「うんうん。そっか」
「ニマニマして見られると恥ずかしいんだが」
「でもそういう私がオノファノは好きなんだよね?」
「うん、まぁ、そうだけど。こうやって周りに対してはっきり言う所も好きなところだな」
トリツィアはにこにこしている。
純粋にこうやって、オノファノの気持ちを聞くことが楽しいようである。
思えば彼女はこんな風に自分に好意を抱いてきた相手に、どういう所が好きかなど問いかけることはなかった。
そもそも彼女の見た目に惹かれた者も、その特異性や周りからの言葉などを聞いてすぐに冷静になるものが多い。
可愛らしいと思って近づいた少女が、実はとてつもない力を持っていたという事象が起きれば育ちかけていた淡い好意も消え去ったりする。
「なるほどー。他は?」
「なんでも美味しそうに食べるのとか見るの好きだな」
「そっかぁ。じゃあ、今すぐパン食べてあげようかー?」
「……話しているうちにお腹すいたんだな? 我慢せずに食べていいぞ」
オノファノの話を聞きながら、トリツィアの視線は先ほどパン屋で購入したパンの入った包みをじっと見ている。
その様子に、流石幼なじみというべきかオノファノは察していた。
オノファノの言葉を聞いたトリツィアはパンを口に含む。中にクリームの入ったそれを口にした彼女は満面の笑みを浮かべる。
その様子を見ると、オノファノは自然と笑顔になるものである。
「オノファノ、食べないの?」
じっと見つめられたトリツィアは、不思議そうな顔をしている。
そして次の瞬間には、不満そうな顔をする。
「折角いっぱい買ったんだから、オノファノも食べよう?」
彼女はそう口にしたかと思えば、一つのパンを手にして、オノファノの口元へ持っていく。
「トリツィア?」
彼女の真意を測るように、オノファノが呟けばトリツィアは笑った。
「女神様がね、デートだとこういうこともするんだって言ってたよ。食べさせ合うんだって。オノファノは嫌?」
「……全く嫌じゃない」
「なら、ほら」
オノファノの言葉を聞いて、トリツィアは笑顔のままパンを差し出す。
その笑顔に惚れた弱みもあり、当然逆らうことのできないオノファノである。
パクリッとトリツィアの手のパンを口にする。
一つ食べ終われば、また次を手にしようとするトリツィア。
「そんなに食べさせようとしなくていい」
「んー? 嫌だった?」
「いや、嬉しいけれど。……トリツィアは本当に周りの視線とか気にしないな」
「周りがどれだけ注目しててもいいかなーって。オノファノも嫌ではないでしょ?」
「嫌ではないけれど……噂になるぞ。俺達のこと。トリツィアは俺の気持ちをどうするか決めてないんだから、そういうの広まらない方がよくないか?」
「別に広まってもどうにでもするからいいよー。ほらほら、もっと食べて」
「……食べさせるのにはまったか?」
「うん。オノファノに食べさせるの楽しい」
トリツィアが頷けば、オノファノは諦めたように笑って結局トリツィアから差し出されたパンを食べていた。




