面倒な話が舞い込んできたようです ⑩
「わぁ、どれも美味しそう!」
パン屋の中に入った途端、その香ばしい匂いにトリツィアは頬を緩ませる。
店内を見渡すと様々な種類のパンが並んでいる。丸だったり、長方形だったり、細長いものだったり――その形はそれぞれ異なる。人気のパン屋だけあって、見た目でも周りが楽しめるようにしているのだろうというのがよく分かる。
「トリツィア、待て、店内で走ろうとするな」
思わずと言ったように早足になりそうなトリツィアをオノファノは止める。
「はーい」
彼女は元気よく返事をすると、ゆっくりと店内を歩く。まじまじとパンを見て、楽しそうににこにこしている。
その様子をオノファノは優しい目で見ている。
「ねぇ、オノファノはどれ食べたい?」
「どれも美味しそうで悩む」
「だよねー。匂いも凄く良いし、全部食べたいなって思っちゃう!!」
彼女の目から見て、全てが美味しそうに見えるのだろう。きょろきょろと落ち着かない様子のトリツィアは元気にそういう。
その声はそれなりに大きく、店内の人達はトリツィアの言葉を聞いてにこにこしていた。可愛らしい少女がパンを見ながらはしゃいでいる様子はほほえましく思えるのだろう。
「流石に全部食べるとお腹壊すぞ」
「そうだよねぇ、どうしようかなぁ」
「またくればいいんだから、そんなに悩まなくていいぞ」
「オノファノもまた付き合ってくれる?」
「ああ、もちろんだ。あとは……今すぐ食べたいものが沢山あるなら、半分にしてもいいし」
「そっかー。そうだよね。確かに二人で沢山の種類を買って、分け合えば丁度良いかも? オノファノが選ばないなら、私がオノファノの分も選んじゃっていい?」
「いいぞ」
「ありがとう!! じゃあ、ちょっと待っててね」
トリツィアはオノファノの言葉に笑うと、そのまま一旦手を離してパンを次々と選んでいく。意気揚々と、何処までも楽し気な様子の彼女は、よほど食べたいものがあるのか、いちいち悩んでいた。
パン屋の店員からお勧めのパンについての情報を聞いたりもしている。それに都度反応を示しながら彼女はにこにこしている。
店員側からしても、彼女は良いお客さんであろう。こうやってお店に並べられている商品を、心から嬉しそうに見ている様子を見れば、彼らが自然に笑顔になるのも当然であった。
オノファノはそんなトリツィアの様子を見ながら、そういうトリツィアだからこそ好きなんだよなと改めて考えていた。
彼女は規格外で、とてつもない力を持ち合わせている。女神様とは親しい友人関係にあって、魔王や魔神といった恐ろしい存在のことを制圧するだけの巫女としての力を持つ。それでも彼女はマイペースで、何処までも自然体だ。
誰かを使おうとすることもなく、偉ぶることもなく……ただ自分がやりたいように行動を起こしている。
「ほら、オノファノ。かってきたよー」
トリツィアは包みに入ったパンをオノファノへと見せる。
その量はかなりの数である。そんなに二人で食べられるのだろうかと、オノファノは思ったものの……トリツィアの笑顔を見て頷いた。
その後はまた二人は手を繋いで、パン屋を後にする。
「じゃあ次はオノファノが言っていたデートスポット行く?」
「ああ」
「そこでパン食べよー! 飲食とか出来るとこだよね?」
「出来るぞ。ちょっとした広場だからな。俺は……あんまり近づいたことはないけれど」
「そっかー。私もこの街に居て長いけど、あんまり行ったことないなぁ。まぁ、そういうところって用事がないと行かないものだよね」
二人はそんな会話を交わしながら、そのデートスポットである広場へと向かう。その広場は、街の人々の憩いの場である。
「確かに恋人同士も多いねー。なんか、私達よりも小さな子達もデートしてる?」
「そうだな」
トリツィアの視線の先では、おそらく十歳もいかないであろう子供達がデートをしている様子を見かける。トリツィアはそれを見て驚き、次の瞬間にはにこにこしている。
(小さい子たちがこうやって仲良くデートしている様子を見たら、女神様はきっと喜んだだろうなぁ。それにしても可愛いかも。私はこの年になっても恋とかよく分からないけれど、この子達はこんなに小さいのに分かるのかな?)
彼女は恋というものをしたことがなく、分からないことだらけである。だからこそ、自分よりもずっと幼いのにそういう気持ちを抱いている彼らは凄いなとそう思う。
「聞いてこようかなぁ」
「待て」
駆けだそうとしたトリツィア。オノファノは何かを察して止める。
「んー。あの子達に恋ってどんなものかなーって聞こうかなって」
「突然、そんなことを聞かれたら絶対に困惑するだろ。あと、デートの邪魔はしない方がいい」
「それもそっかー」
トリツィアはオノファノの言葉に納得する。そしてじっとオノファノの方を見る。
「どうした?」
「オノファノは私に恋しているんだよね? どういう感覚抱いているの?」
そうして無邪気な笑顔でトリツィアは問いかけた。




