面倒な話が舞い込んできたようです ⑨
トリツィアとオノファノはパン屋の列に並んでいる。その間もそれなりに注目を浴びているのは、この街の住民たちは彼らのことを知っているからである。
こそこそと楽し気に二人のことを話す者達は、それはもう多かった。
(私とオノファノがこうやってデートしているのって、それだけ周りにとって楽しいのかな? 皆、なんだか楽しそうだよね。あとは私達が普段とは違う恰好してたりするから? 嫌な視線じゃないから別にいいけれど。それよりこのパン屋さん、これだけの人が並んでいるならよっぽど美味しいのかな?)
トリツィアは食べることが好きなので、美味しいパン屋さんに並んでいるというだけでも気分が高揚していた。
まだ彼女はこのお店でパンを買ったことがない。なので、どれだけ美味しいのだろうかとそればかりをかんがえている
オノファノはトリツィアが楽しそうにしているのを、嬉しそうに見ている。
「トリツィア、何を買うんだ?」
「おすすめを買うよ。オノファノはどのパンを食べたい?」
「俺もこのパン屋に来るのは初めてだから悩む」
「そうだよねー。これだけ並んでいるのもあって、期待値が凄く高いよね。美味しかったら常連になりそう」
トリツィアはそう言ってにこにこしている。
彼女は待っている間も、とても楽しそうである。こういうただ待っている時間さえ楽しめるのが彼女である。
「そうだな。俺も気に入るパンがあったら何度もきそうだ」
「だよねー。やっぱり美味しいものを食べると幸せだもんね」
さて、このようにトリツィアとオノファノがデートをするとなると女神様が見守っていそうなものだが――今回は居ない。
というより彼女は女神様から、「見守るのは野暮だものね!! 後から報告を聞くのを楽しみにしているわ」と言われてしまっているのだ。そういうわけで女神様は居ない。
神という立場だからこそ、人の行動を幾らでも見守っていていい。寧ろ、そんな許可は要らない。なぜなら、神とはそういう存在だから。
しかし今回は女神様はただ楽しみたいという理由だけで、そういう風にしているのである。
(女神様は常に私に話しかけてくれているわけではないけれど、困った時はよく私に声を掛けてくれている。デートなんて私にとっては慣れないものだからついつい女神様に聞きたくなるけれど、居ないんだもんなぁ。それにしてもただ一緒にパン屋さんに行っているだけなのに、オノファノは楽しいのかな?)
トリツィアはいつもとは違うお出かけだからこそ、女神様につい聞いてしまいたくなっている。もちろん、それは出来ないことだが……。
彼女はじっと、オノファノを見る。
「どうした? 待っていて飽きたか?」
「ううん、全然。寧ろ楽しいなーって私は思っているけれど、オノファノは楽しいのかなって。ただ待ってるだけだし」
「俺も楽しい。言っただろ。俺はトリツィアと一緒なら、何でも楽しいって」
オノファノがそう口にすると、トリツィア達の耳に変な声が聞こえた。彼女は不思議そうに、その声の主を見る。慌てて口を押えている、パン屋に並んでいる女性がいる。
トリツィアは、なんでそんなにキラキラした目でこちらを見ているのか全く分からない。首を傾げたトリツィアを見ても、その女性はただ首を振るだけなので放っておくことにする。
「そっかー。それにしてもオノファノは凄く素直だねー。ちょっと照れちゃうよ?」
「もっと照れろ」
「んー。オノファノは私に照れて欲しい?」
「ああ。……照れるってことは、少しは意識してるってことだろ」
「なるほどー。パン屋さんの後はどこに行きたいとかある?」
「デートスポットでもいってみるか?」
「そんなのあるの?」
「ああ。他の騎士や神官たちが沢山教えてくれた。自分でも調べた」
「オノファノ、デート楽しみにしてたんだね。折角だからそういうところにいっても楽しいかも。恋人とか多いの?」
「多分……。トリツィアが気まずいなら行くの辞める」
「別にいいよー。私が流されないの知ってるでしょ? ちょっとびっくりしちゃうかもだけど」
トリツィアとオノファノは軽い調子で、会話を交わす。
誰がどう見ても仲睦まじい様子である。彼女はこうやってオノファノと何気ない会話を交わすのが嫌いじゃないというより、寧ろ好きな方である。
(そういえば私も他の巫女達が急に話しかけてきたりしたなぁ。私とオノファノがデートをするってだけでそれだけ皆、お祭りみたいに騒いでたもんね。騎士達もそうだったのかな? なんでそんなに気になるんだろう?)
トリツィアはオノファノの言葉に対して、そんな風に思考する。自分たちのお出かけという名のデートがそれだけ注目を浴びている意味はよく分からないのであった。
そしてそんなこんな会話を交わしているうちに、列は進んでいく。
あっという間に時間は過ぎて、トリツィアとオノファノはパン屋の中へと入れた。




