下級巫女と、女神の寵愛を得ているという少女の話 ⑨
(なるほどー? 確かに神様の時間軸だと私たちにとっては凄く長い時間でも一瞬ですもんね)
まだ十数年しか生きていないトリツィアからすると、その神様の約対価の期間はそれはもう途方もない長さであると言える。それでもそれは神様にとっては一瞬のことなのだ。
『その期間に下界では様々なことが起きていたわ。一つの国が出来たり、滅びたり。魔物が大量発生したり、魔王が発生したり』
(それだけ前に事を起こした神様は、今、何をしようとしているんでしょう?)
トリツィアは心の底から不思議そうである。
何か問題を起こして罰として弱体化させられていた。そしてそれが解けたからといってこのようなことを起こす意味が彼女は理解が出来ないのである。
『ふふっ。本当にトリツィアはいい子ね。その元々神であった子が神の座をおろされたのはその子が問題を起こしたからだわ。寿命がある種族だったならば死ぬまで罰を与えられた状況で、自分の人生はなんだったのだろうかと悔いるかもしれないわ。けれどね、神でなくなったとはいえ、その子は元々神なの。だからこそ寿命なんてないに等しいわ』
(ふーん。そうなんですね。神じゃなくなったっていうのは、人になるとかそういうのではないんですね?)
『そうね。私は人から神になったから、神から人になることもなくはないわ。でもその子の場合は神の座を降りたくなかった子なのよ』
女神様はトリツィアに分かるようにわかりやすく説明をする。
トリツィアは掃除をしながらも女神様の言葉をよく聞いていた。脳内で会話を交わしているだけなので、頷いたりなどの反応は示していない。
周りから見るとトリツィアは無言で黙々と掃除をしている真面目な下級巫女でしかないだろう。
ちなみにいうと巫女姫はトリツィアの行動を咎めてはいないが、他の巫女に関しては一部がジュダディ側についてしまっていたりもする。そういうわけでトリツィアに対して悪感情を抱いている者がいないわけではない。
基本的にそういう巫女に関しては巫女姫が対処しているわけだが……、
『トリツィア、複数人あなたに近づいてきているわよ』
それでも漏れというものはないわけではない。
(私に何か用事ですかねー? 折角女神様とお話している最中なのになぁ)
『そうよね。折角おしゃべりしているのに邪魔者が来るのは困るわ。それにトリツィアのことをよく思っていないみたいだし』
女神様は不愉快そうな声を発していた。大切な友人であるトリツィアそういう感情を抱いていることが嫌なのだろう。
(まぁまぁ、そう言わずに。あの子が女神様の寵愛を受けていると自称しているから、女神様を信仰している人たちもあの子の傍に寄っているみたいですからね。巫女姫様がその関係で、色々大変そうにしていました。頑張っている子がそういう訳の分からない子に大変な目に遭わされるのは私は嫌だなって思ってます)
トリツィアの言うようにそういう巫女が存在しているのは、ジュダディが女神様の寵愛を受けていると思い込んでいるからだ。
トリツィアのように女神様の言葉を直接聞ける存在というのは珍しい。というより、基本的にはそういう存在はいないというのが正しい。彼女があくまで例外なだけだ。
『それもそうかもしれないけれど……。それでも私はトリツィアによくしない子はあんまり好きじゃないわ』
(ありがとうございます。女神様、そう言ってもらえるだけで私は嬉しいですよー。とりあえずあの人たちの対処してきますねー。ちょっと待っててくださいね)
トリツィアはそう言うと、掃除をしている部屋の入口へと向かう。そこには今にもその一室へと足を踏み入れようとしている巫女達の姿があった。その数はおよそ五人。その五人は巫女姫の対処から洩れてしまったのだろう。
巧妙にジュダディ側についていることを隠していたのか、それとも巫女姫にもジュダディにも敬意を本人たちは示しているつもりなのか。
……あからさまに巫女姫を見下し、ジュダディ側についた者達に関しては隔離などはされていそうだがこういう分かりにくいタイプだとそうもいかないのだろうとトリツィアは思った。
「私に何の用ですかー? さっきからそこにいましたよね?」
トリツィアは無邪気に微笑む。何の悪意もない表情である。実際に彼女は自分に何かを害を成そうとしている巫女達にも嫌悪感や悪感情などがそこまでなかった。
あくまで寵愛を受けている少女と思い込んでいるからの行動であって、こうして行動をしているということは彼女達もトリツィアの信仰するソーニミア神を信仰しているものであるというのには変わりがないから。
巫女たちはトリツィアが自分たちに気づいていたことに驚いた様子を見せていた。
しかし次の瞬間には……、その顔を恐ろしい形相に変える。
「あなた、ジュダディ様を悲しませたわね!」
そして言い放ったのは、そんな言葉だった。




