魔族が暴れているらしい ⑦
「それでマオがどうしたの?」
「マオって、魔王様のことですか?」
「うん。それで私に何の用? 大神殿に変なことする気なら、怒るよ?」
にこにこしながらそんなことを告げるトリツィア。
それに対してその生物はぶるりっと震えている。トリツィアが本気であることが見て取れるからだろう。
「そ、そんなつもりはないです。えっと……ま、魔王様とどういう関係ですか?」
「飼い主とペット」
「へ?」
トリツィアの簡潔な言葉にその女性は素っ頓狂な声をあげた。あまりにも予想外の言葉だったからだろう。
「ぺ、ペット?」
「うん」
「誰が? 貴方が?」
「何を馬鹿なことを言うの? マオがに決まってるでしょ?」
自分がペット側などというのはあり得ないとでもいうような不思議そうなトリツィアの声に、りすの生物の中にいる術者の女性は固まる。
魔王とは、恐怖の対象であるはずである。
人々を支配する、悪の象徴。復活すれば人類が大変な状態になると言われている。――そんな存在をペットにしているなどとのたまう存在がいるなどともちろん思っていなかったのだろう。
「ま、魔王様をペットって!! ど、どういうことですか!?」
「んー。煩いなぁ。もう少し声下げて。耳がきーんってするでしょ?」
「……はい」
「マオがなんでペットになっているかって、マオが私を狙ってきたの。私はそれに実力行使で対応した。そしたらマオが私の下につくっていったから、ペットにしただけ」
トリツィアはどこまでも端的にしか話さない。おそらくそれは彼女にとってはマオをペットにしていることは特別なことでも何でもないからだろう。
彼女にとってはこちらを狙ってきた存在をとっちめただけである。相手が魔王であるか、そうでないかは関係がないのだ。
「……そ、そうですか。……魔王様が自分からペットになっていると……?」
「実力行使はしたよ? でもマオはペットで居ることに満足してくれていると思うよ。流石に私も巫女としてマオを放置はできないしさ。ずっと永久に閉じ込められるよりはペットの方がいいって」
「……貴方は、それだけの力があると?」
信じがたい表情で、まじまじとトリツィアを見据えている。
幾ら飼い主とペットという関係だと言われても、本当にトリツィアにそういう力があるのか分からないのだろう。
そもそも最初に恋人であるかと勘違いしたように、彼女は愛らしい顔立ちの少女である。大神殿にいる巫女であるとはいえ、魔王の飼い主であるなんて言われても全く想像がつかないのである。
「んー? まぁ、マオには勝てるよ? だからマオも大人しくしてるんだよ? というか、貴方達、暴れてた人たち? 暴れられるの嫌だから、あんまりやりすぎるととっちめるよ?」
「……なるほど。魔王様はだから大人しくするように私たちに言っていたのですね」
「それはそうだよ。だって私は暴れられるの嫌だし。マオはもう人を支配したりとかする気はないんだから、貴方達も大人しくしよう?」
トリツィアはそう口にして、ほほ笑む。
基本的に彼女は平和主義者なので、何かなければ敵に回ることはない。だから大人しく出来るなら大人しくすればいいとそう思っているのだ。
「……魔王様をどうにかするだけの力があるのに、何かしようとは思わないのですか」
「なんか皆、それ言うけれどどうして? 別に力があろうがなかろうが、私は自分がしたいようにするだけだよ?」
「魔王様をペットにしてても……?」
「それは何も関係ないよ。マオはただの私のペットで、それがどういう存在でもどうでもいいし」
軽い調子でトリツィアはそう言って、のほほんとしている。
普通ならこういう理解不能な存在を前にすれば混乱したり、激高したりなどするものだ。だけどあまりにもトリツィアという存在が衝撃的で、そのりすの姿の女性はそういう態度が逆に出来ないらしい。
「……そ、そうですか」
「うん。というかマオは、私のこと言わなかったの?」
「魔王様は保留にすると言って、詳しいことを私たちに教えてくれませんでした」
「ふぅん? 勝手にこっちきたって知ったらマオ、嫌がるかもよ」
トリツィアがそう口にすると、はっとした表情をされる。
マオの事情を知りたいという気持ちが先行して、そういう部分までは考え切れていなかったのだろう。
「え、えっと……取り繋いでいただけることは」
「いいよー。マオには言っとくね? マオのことを慕っているから、こういう行動したんでしょ? そうやって誰かを慕うことは悪いことではないからね」
トリツィアがにこやかに微笑むと、その生物はこくこくと頷き、それからトリツィアに「くれぐれもよろしくお願いします」と口にしてそのまま去って行った。
「ああいうのにマオは慕われているのか」
ずっと黙ってトリツィアと女性の話を聞いていたオノファノはそう口にして、不思議そうだ。
正直彼からしてみてもマオはペットでしかないので、理解が出来ないのだろう。
「マオが帰ってきたら話さなきゃねー。あとはジンのことを慕っている子もくるかなー?」
トリツィアはオノファノの言葉に無邪気に笑った。




