魔族が暴れているらしい ④
その現れた者達は、マオにとっては見知った顔だった。
昔、封印される前に親しくしていた者たち。自分のことを魔王として崇め、自分を支えていた者たち。
配下たちの中で長命種の者達は、マオの復活を待ちわびていたのだろう。
……マオはすっかりトリツィアに屈してしまっており、ペットとして生きているが……仮にも魔王として世界に名をはせたものである。
「魔王様!! 復活なされたのを心から喜ばしく思っております」
「魔王様、是非とも私達を導いてください!」
マオはそんな言葉を聞いて、何とも言えない気持ちになってしまっている。
――以前の、この世界に復活したばかりのマオなら彼らの言葉を聞いて喜んだだろう。
トリツィアという規格外の巫女を取り込んで、その後に世界を征服しようとそう思っていたことだろう。
だけどその野望は潰えた。
トリツィアという特別な少女を前にすると、マオは自分がどれだけちっぽけなのかというのを実感した。
「お前達、我は以前のような行いをするつもはない。だからお前達も自由にすればいい」
マオがそう言うと、彼らは悲痛そうな表情をする。
「魔王様、どうしてそのようなことを!!」
「魔王様、私達を見捨てるのですか!?」
そう口にして、彼らは必死な様子を見せる。どこか縋るような態度。マオに魔王としての立場を期待し、自分の期待する”魔王様”であってほしいとそう望んでいる様子だ。
彼らに悪気などは全くないだろう。ただ本人たちが魔王はそうあるべきと、心のどこかで決めつけているだけだ。
「見捨てるとかそういう話ではない。我は誰かに迷惑をかけるような行為をもうやるつもりはないのだ。だからお前達もそれを行うな」
正直言ってマオからしてみると、配下の者達に関して特別な感情は抱いていない。封印される前に自分の言うことを聞いてくれていただけの存在達。魔王という立場だからこそ、その他大勢に対する関心などない。
ただ今は自分の名前で好き勝手されるのは非常に迷惑なのだ。
自分をペットにしているおかしな少女――トリツィアが魔王と魔神の配下たちが好き勝手に動く状況を望んでいないから。
寧ろここで大人しくさせられないのならば、躾をされてしまうことだろう。マオからするとトリツィアは恐ろしい存在である。今の所、本気で怒ったところは見たことがないが、想像しただけで恐ろしい気持ちになって仕方がないのだ。
「魔王様、どうして……!! 私たちはずっと魔王様が目覚める時のことを望んでいました。魔王様が目覚めたからこそ、私達の理想が叶えられるとそう思っていたのに!!」
「私たちは魔王様が目覚める時の為にずっと準備をしてきました。それなのに、どうしてそのようなことを??」
マオは彼らと対峙しながら、正直面倒だなというそういう気持ちでいっぱいになっていた。
彼らが魔族でなければ、とっくの昔に寿命を終えていただろう。しかし彼ら長命種であるが故にこうして生き延びていた。
魔王であるマオが復活する際に巫女姫たちが危険視していたのは、そういう魔族たちの存在を知っていたからというのもある。目覚めた魔王が配下たちを引き連れて世界を征服しようと動き出すだろうと予想されたのだ。
「お前達が今後も、我の名を口にして好き勝手するようなら我はお前たちを殺す。我の名を使わないのならば好きにするといい。ただしそれを行えば我はお前達と敵対する可能性は高いだろう」
少なくともトリツィアはそのような行いを見かけたら、迷わずに討伐するだろう。トリツィアは圧倒的な力を持ち、人間でありながら人間とは異なるモノのように周りから見ると見える。それでもトリツィアは人が好きである。
彼女は人と接することが好きで、幸せそうな様子を見ていると自分も嬉しくなる。
魔族たちが人を蹂躙しようとするのならば、間違いなく彼女は動く。
「――魔王様っ」
「魔王様の意思は分かりました。……だけれども私たちは魔王様に仕えたいのです! 魔王様は他の野望でも持ち合わせているのでしょうか? なら私たちはそれを叶えるために何でもします」
マオはそれを聞いて、どうしたものかと悩む素振りを見せる。こういう使い勝手の良い配下がいることはマオにとっては助かることではある。それに下手に放置して暴走されるよりも、配下に留めていた方がずっといい。――しかし、それを実行すれば自分の情けないペット生活を見せなければならないかもしれない。
マオはトリツィアにプライドをズタボロにされている。すっかりその威厳などはなくなっている。とはいえ、昔の自分を知っている者達の前でその姿を見られるのは――と考えると、マオは固まってしまう。
「……一旦、保留にする。後から連絡はするからそれまで待て。それと我の名前を使って暴れるようなら、我は制圧しにくる」
そしてマオは結局絞り出すようにそういうだけだった。




