下級巫女は、周りの人々の度肝を抜く ⑩
「沢山手に入ったー」
にこにこしているトリツィアは、疲れの一つも見せない。
彼女にとって魔物が居る湖の中だろうとも、ただの遊び場のようなものなのだろうということがうかがえる。
――水底の石は、冒険者達よりもトリツィアの方が多く取っている。
「嬢ちゃんが居れば俺たち要らないんじゃないか……?」
「そんなことないですよー。私は巫女の仕事があるから、ずっとは潜れませんし。それに私だけが採取できるじゃ意味ないですよー」
にこにこしながら、トリツィアは答える。
彼女はどれだけ力を持っていたとしても、ただ一人で突き進むことを望んでいるわけではない。誰かを置いて行きたいと思っているわけでもない。
――大神殿で今回の石を商売として扱うのならば、そういう体制を作るべきだとそう思っているのである。
(商売として成り立たせるなら、ちゃんとした方がいいよねぇ。お父さんたちもそんな風に言っていたし。私はこうやって湖に潜るのは楽しいし、暇な時には交ざりたいなって思うけれど……、あんまり混ざらない方がいいかな? それで冒険者達がやる気無くすのもなぁ)
そんなことを考えるトリツィア。
彼らが自分たちとトリツィアを比べてしまうのは……、彼女の規格外さをまだ理解していないからだろう。
例えば大神殿にいる巫女達は、トリツィアという少女が下級巫女の立場だったとしても誰よりも強い力を持っていることを知っている。
例えば大神殿の騎士達は、トリツィアがどれだけか弱く見えても、強さを持ち合わせているというのを知っている。
だから彼らはトリツィアと自分自身を比べることなどしない。
トリツィアは少し残念そうな表情を浮かべている。
「……そうか。嬢ちゃんはどのくらいの頻度で潜る予定なのか?」
「んー。時々ですね。私はずっとはこの仕事はしないです。私はあくまで巫女ですからね! だから結構忙しいのです。だから貴方達の仕事を奪うことは全くないです!」
安心させるように笑いかければ、冒険者達は頷いたのだった。
それからしばらくの間、トリツィアは冒険者達と共に石の採取を続けるのであった。
その間に無邪気に微笑みかけるトリツィアにほだされて、少しずつ心を許してはいるようだった。そしてその最中に、人の気配につられて近づいてきた魔物はオノファノが軽い調子で倒していた。その後、その魔物をトリツィアが笑顔で解体して、その場で焼いて、冒険者達に振る舞う。
――そういう様子を見ていた冒険者達は、深く悩む必要はないだろうとそう思ったのだろう。
さりげない行動の一つ一つが彼らの特別さを実感するものであった。
「嬢ちゃんと坊ちゃんは次にいつ石の採取をするんだ?」
「分かんないですね! でも一人で潜るより皆で潜った方が楽しそうなので、貴方達が居る時に出来たらなって思います! あと他の巫女にも潜らないか聞いてみます」
トリツィアは冒険者の問いにそう答える。
「いや、他の巫女達は石の採取はしないと思うぞ」
「まぁ、断られそうだけど巫女達で一斉に潜るとかも絵になりそうじゃない? 私、そういうのみたいなぁって。……それに女神様も喜びそうだし」
オノファノの突っ込みに、トリツィアはそう告げる。後半は小声である。
実際に女神様はそういうものを見たら喜ぶことだろう。ただし巫女達に強制する気はないトリツィアであった。
それからトリツィアとオノファノは時々こうやって石の採取を冒険者達と行うこととなる。
採取した石たちに関しては、トリツィアの実家の商会経由で販売することになった。その際、大神殿側にも十分な利益が出る。大神殿側にとっても、商会側にとっても、良い事尽くめの関係である。
また神官長はトリツィアの実家の商会だからこそ、信頼して任せたというのもあった。
この先、トリツィアやその家族達が亡くなった後――、大神殿と商会の関係性が擦れる可能性も十分あるが、少なくとも彼らが生きている間はそれは起こらないであろう。
神官長が代替わりした後は分からないが、少なくともトリツィアは滅多なことでは命を落とさないだろう。その際には実家の商会に面倒事がないようにはするはずである。
――大神殿には変わった巫女がいる。
――自分達では倒せないような魔物も簡単に倒してしまった。
――愛らしい見た目とは裏腹に、おかしい。
――人間の皮を被った別の何かのようだ。
そう冒険者達の間で、噂されるようになるのも当然だった。とはいえ彼らは危険な依頼をよくこなしている冒険者だ。トリツィアとオノファノを敵に回さない方がいいとは分かっている。
――だからこそ、彼女たちに不都合なことは口にしないようにはしているのだ。あくまで噂されているのは実際にトリツィア達と共に石を採取した冒険者間でだけであり、外では少し囁かれている程度である。
トリツィアはそうやって、周りの度肝を抜き続けるのであった。




