加護持ち王子と、下級巫女 ①
「何か私に用ですか、王子様?」
トリツィアは、加護持ちの他国の王子――ゲリーノを前にしても、いつも通りである。
ゲリーノはムッタイア王国の西に位置する大国の第四王子という立場である。側室腹の王子だというのにも関わらず、彼は国内外で人気を集めている。それにはいくつもの理由がある。
一つは戦神と呼ばれている一柱の神ガスパオの加護を持つこと。
一つはその美しい見た目。艶のある黒髪に、鋭利な茶色の瞳。
一つはその聡明さ。加護もちであることも理由であろうが、幼いころからその才覚を見せつけていた。
そんな特別な王子様を前にすれば、見惚れたり怖気ついたりする者の方がずっと多い。
それだけの特別な点がなかったとしても、側室腹とはいえ王族である。彼は様々なものを持ち合わせている。
人として産まれたが、人の域を超えているような――そんな加護持ち。
だから彼はのんびりとした様子のトリツィアに驚いた様子を見せる。彼が加護を与えられている戦神からの神託で、目の前の少女のことを知ったのはたまたまである。戦神のお気に入りで、加護を受け取っているとはいえその声をいつでも聞けるわけではない。
誰よりも特別だと思われているその王子様でさえもそうなのだ。だというのに、トリツィアはいつでも女神様の声を聞いている。それがどれほどの異常なことなのか、本人はよくわかっていないだろう。
――彼は女神のお気に入りが、ムッタイア王国の大神殿に居るというのを聞いた。
それだけではそれがトリツィアという少女だとは分からなかっただろう。だが、王族としてこちらを訪れ、レッティなどとも知り合いになった彼はそれがトリツィアという少女だと知った。
――トリツィアさんを怒らせることは、幾ら貴方様でもやるべきではないことです。
ただの上級巫女であったレッティにとっては、加護持ちの王子にそのように意見をするのは勇気がいることだっただろう。それでもトリツィアのことを思って、レッティは王子にそう告げていたのだ。
そういうレッティの態度と意見も含めて、ゲリーノはトリツィアに関心を抱いている。
「お前、俺に何か感じたりしないのか」
そう言ってグイっとトリツィアに近づく。基本的にゲリーノは自分から人に近づこうとはしない。それは他人に対する関心がほとんどないから。
自分と、他の人間。
それは明確に異なるものだと、彼はそう思っているから。
「何かってなんですか?」
トリツィアはのほほんとしている。近づいてきたゲリーノに対して敵意一つ見せない。いや、彼女の場合はゲリーノが加護持ちであるかなどは関係ないのだろう。彼女にとっては加護持ちも、それ以外も同じなのだから。
万が一もゲリーノはそんなことは思っていない。まさか自分のことを他の者たちと同等に扱うような少女が居るなどとは思えないのだから。
彼女は何処までも自然体で、ゲリーノに対して深い関心も持たない。
頭の中にあるのは、言葉にしている通りのことだけで――それ以上の何も感じていない。
そもそもトリツィアからしてみれば、加護持ちの王子がわざわざ自分に話しかけてくることも分からない。
「ははっ、お前は面白い女だな」
「そうですか?」
「そうだ。俺を目の前にして飄々としている部分も、異常だ」
「私は普通ですよー?」
「どこがだ。そうだな、その顔をゆがませたい」
「変態ですか?」
トリツィアが軽い口調でそう問いかければ、ゲリーノは益々おかしそうに笑う。思っていても、間違っても加護もちの王族であるゲリーノにそんなことを言う存在などこれまでは居なかったのだ。彼の言葉を否定するものなどあまりいない。そういう状況で彼は生きてきた。
ゲリーノがまともな思考をしている王族であったことは世界にとっても幸いであっただろう。彼がもっと自分勝手な性格をしていれば大変なことになっていたことは容易に想像がつく。もっともそんなことをゲリーノが行えば加護はすぐに没収されていただろうが。
「この国との停戦条約を書き換えてやろうか。お前やお前の親しい者達の生活をどうにでも出来るんだぞ?」
それはただの冗談である。ただのほほんとしたトリツィアの表情が変わればいいとそう思っただけだ。
「んー? そんなことをしたら、私怒りますよ? 冗談はほどほどにしてくださいね」
「冗談じゃないって言ったら?」
「そんなことしないようにぼこぼこにします! 女神様が言ってました。戦神様って強い人の言うこと聞くものだって。だからその加護を持っている王子様もそうですよね?」
にっこりと笑って、トリツィアはそんな物騒な言葉を口にする。しかしそれが冗談ではなく、本気で口にしているであろうことは対峙しているゲリーノにはよくわかった。
だからこそ……、余計にゲリーノは彼女に対する興味を深める。
「――トリツィア、お前は良い性格をしているな。俺の嫁になるか?」
そしてその興味のままに、ゲリーノはそんなことを口走っていた。




