下級巫女は、久しぶりに家族に会う。⑩
「わんわんっ」
散歩中、急にマオが吠え始める。
何かしらトリツィアたちに伝えたいことがあるのだろう。
こういう状況でもトリツィアの「人前で喋らないように」という命令を聞き届けて、鳴き声をあげているマオであった。
「なんかいるね」
「さっきどうにかしたのに、また?」
「うん。人じゃなくて魔物が来てるかも。なんでか分からないけれど、ちょっと倒してくる」
「うん。行ってらっしゃい。姉さん」
魔物が街へと迫ってきているという状況を察したトリツィアはまるで遊びに行くかのように、その場を後にする。
近くにある民家の上に、軽い足取りで飛び乗るとあたりを見渡す。そのまま魔物がどちらの方向から来ようとしているかを把握したらしいトリツィアは、そのまま屋根の上を飛び回り、街の外へと飛び出していく。
……トリツィアが突発的な行動を起こすのを、街の人々はそれなりに見てきている。流石に大神殿にいる彼女をよく知る神官や巫女達ほどではないであろうが。
「飛んできてる?」
トリツィアはじーっと、遠くを見据えている。その先にあるのはそびえたつ巨大な山しかないわけだが……、彼女には別の何かが見えているかのようである。
彼女はそちらの方へと駆けだしていく。
――そしてしばらくして現れたのは、黒い体毛を持つ巨大な鳥の魔物である。その黄色い嘴は鋭く、その口はトリツィア一人ぐらいなら簡単に飲みこめてしまいそうなほどに大きい。バサバサと音を立てて、翼を動かすその鳥は、トリツィアに狙いを定めると……前触れ無く飛び掛かってきた。
(私を狙ってる? 街の人たち目当てじゃないのはいいけれど、何で折角家族が来ている間に来るかなぁ?)
トリツィアはそんなことを考えながら、跳躍し、その魔物を殴りつける。
鳥の魔物はまさか、殴られるなどと思っていなかったのだろう。どこか困惑した様子を見せている。
圧倒的な強者であるが故に、小さき物からの反撃など想像もできない。その魔物にとっては、トリツィアという小さな人間を食らうのは簡単だとそんな風に勘違いしていたのだというのがよく分かる。
――ただ幾ら見た目がか弱く見えても、トリツィアという少女はされるがままではない。
(マオも私のことを取り込みたがっていたし、私を取り込んだら強くなれるとかなのかなぁ。こういう魔物が狙ってくるのって)
トリツィアは他の者たちとはくらべものにならないほどに、巫女としての力を持ち合わせている。その異常とも呼べる力は、周りからしてみれば力を取り込む絶好の餌でもある。彼女を食らえば、それだけ大きな力が手に入るだろう。
鳥の魔物はトリツィアに反撃されたことに困惑していたが、それでも彼女を食らいたいようでそのまま向かっていく。
(諦めてくれたら一旦見逃してもよかったけれど……。まぁ、どちらにしても人を食らう魔物は放っておかない方がいいか)
トリツィアはそう判断すると、弟をこれ以上待たせたくないと思っているためすぐにその息の根を止めることにする。
普通の人々にとっては、命の危機を与えられるような恐ろしい魔物であろうとも彼女にかかれば一瞬である。
その首をはねた。
首をはねられた後も、しばらくその魔物は生きていた。暴れまわる。だけど、暴れたところで、彼女をどうにかすることなど出来ない。
そのままぴたりと停止し、動かなくなる。ばたんっと体が倒れた。
トリツィアはそれの命が失われたことを確認すると、その場で解体をする。
(この魔物って、美味しいのかな? 美味しいならルクルィアにも食べさせようかな)
頭の中はお肉のことばかりのトリツィア。相変わらずのマイペースぶりである。
そのままトリツィアは解体したお肉を纏め、不要な部分は処分し、街へと戻った。騒ぎになっていたらしく、大神殿の神官に「何があった?」と聞かれれば軽くお肉を狩ったと答えておく。
その神官は魔物の対応をトリツィアが終えていることにほっとしつつも、そのまま街の人々の対応へと戻った。……どうやらトリツィアが対処した魔物の姿は街からも見えており、人々の不安をあおっていたらしい。
「姉さん、お帰りなさい。なんでそんなに大量のお肉を抱えているの?」
ルクルィアの元へ戻れば、彼は平然とそう問いかける。
真っ白な巫女服に身を包んだ清楚な少女が、解体された大量の肉を抱えているなど不思議な光景であろうが、彼にとっては「姉さんだから何をやっていても当然」と受け入れるべきことなのである。
「ただいま。さっき襲ってきた魔物の肉だよー。美味しいかなって」
「どうだろ? 僕も見たことない肉かも」
「うん。珍しいかもね。ほら、マオとジンも一切れ食べていいよー」
そう言いながらトリツィアはマオとジンにお肉を与え、彼らは言われるがままにその肉を食らっていた。
その後、彼らは両親の待つ大神殿へと戻るのであった。




