セクハラするやつは殴っていい。by女神 ②
トリツィアは、王侯貴族の子息たちがこの場を訪れようともマイペースに過ごしている。
いつも通りである。
――というよりもトリツィアの場合は、どんな場所でも、周りにどんな相手がいても、結局関係ない。
彼女はただ自分がやりたいように信仰心を曲げないままに、ただ前に進んでいくだけである。
その日は朝から掃除をしたり、大神殿に救済を求めてやってきた怪我人たちの怪我を治したり――といったことをしていた。
ちなみに大神殿を訪れる者の怪我や病気を治すのも巫女の仕事の一環であるが、今日は王侯貴族が来ていると皆心あらずな様子なので、特にそれに興味がないトリツィアが行っていた。
トリツィアは優秀な巫女なので、トリツィアが担当の時は噂になっていたりもする。
ただ神殿は誰でも癒すわけではない。本当に誰もかも癒してしまえば民はそれに慣れてしまう。それでどんどん来られてしまっては、神殿で彼らを癒すための者たちが潰れてしまうだけだ。
それに基本的に無償で行うわけではない。
ただ貧困している者たちのためにも無償でそういう癒しを与える日というのも設けられている。
ドーマ大神殿の者たちは、トリツィアの特異性をなんとなくは理解しているので、このドーマ大神殿を訪れる王侯貴族の子息たちにトリツィアのいる場所に近づかないように上手く誘導していたりするわけだが……そういうのをきかないものも当然いるわけだ。
楽しそうに歩いているトリツィアの様子を見つめている一人の子息がいる。
それは上級巫女たち目当てにこの場にやってきたムッタイア王国の貴族である。ちなみに基本的に巫女は神殿のある国の王侯貴族と結婚する事も多い。ただ場合によっては他国の者と婚姻を結ぶこともある。
さて、その貴族の子息はムッタイア王国の侯爵子息という立場にある。三男という立場であり、将来に関しては保証されていない。彼はこの国で文官として働くことは決まっている。そして巫女を娶ることが出来れば、彼の将来は明るいだろう。そういう思惑もあり、此処にいる。
ドーマ大神殿に所属している上級巫女たちに会い、あの巫女ならば結婚してもいいかな……などと上から目線なことを思っているその子息は、案内役の神官を連れて大神殿を歩いていた。この神官がまだ新人だというのもあり、その子息のことを止められなかったというのも、彼が自由に歩き回っている一つの理由であろう。
「……あの巫女は?」
「え、あ……あの方は下級巫女です。貴方様のお相手としては相応しくないと思います」
そう答えているドーマ大神殿の神官の本音は、「トリツィアさんにどうか絡まないでほしい!」という気持ちでいっぱいである。
しかしそんな願いはその侯爵子息には通じない。
「下級巫女か。しかし可憐だ。下級巫女であるのならば、私に娶られれば嬉しいだろう」
「……え、いや、ちょ」
その子息の中では、下級巫女であるのならば大貴族に娶られれば嬉しいはずだと思っている。
それは他の下級巫女であるのならば大抵が当てはまることである。――けれど、トリツィアという巫女は例外である。神官は子息の言葉に「何を言っているんだ? あれは可愛い見た目をしても、中身はそんなに可愛いものじゃない!」と知っているので止めようとするが、その制止を聞くようなものではなかった。
「やぁ、君、少しいいかい?」
「ん? なんですか?」
トリツィアは突然、目の前に現れた侯爵子息を見ても特に表情を変えることはない。
(なんだろう、この人? 婚活にきている貴族? 邪魔だなぁ。迷子かな?)
寧ろ、目の前の存在がトリツィアに関心を持っているなどということを考えもせずにそういうことを思っている。
「君、可憐だね。下級巫女という立場ならば大変だろう。僕と結婚しないかい?」
「はい?」
「ぽかんとしている顔もとても可愛いな。上級巫女をと思っていたが、君ほど可愛いのならば下級巫女でもいいだろう」
「……えっと、何を言っているんですか? 嫌ですよ?」
トリツィアは急に求婚などをしだした子息を見て、何言っているんだこいつとでもいうような目を向けていた。
トリツィアは王侯貴族の子息と結婚することになど興味がないので、そんなことを言われても困るだけである。
だけど、その子息はトリツィアが照れているだけだと思ったらしい。目を瞬かせた後に、再度言う。
「冗談だと思っている? それとも照れている? 素直になっていいんだよ。僕が君をここから連れ出して、幸せにしてあげるから」
そんなことを言いながらトリツィアの腰に手をまわした。
トリツィアは次の瞬間、手を振り上げる。そしてその侯爵子息が「へ?」などと言っている間にその顔を殴ろうとして――、
「トリツィア! 待て待て!! 何を殴ろうとしているんだ!!」
その場に駆けつけた神殿騎士であるオノファノに手を掴まれて止められていた。




