下級巫女と『ウテナ』 ⑧
「トリツィアさんと、『ウテナ』の皆さんの関係は不思議なものですね」
思わず呟いてしまったレッティの言葉をシャルジュは聞いていた。
だから、彼はレッティに近づき、忠告の言葉を口にする。
「お姉さんがここまで連れてきたということは、お姉さんの敵ではないと思うけれど……。上級巫女さん、お姉さんを敵に回したら僕らも敵に回るからね?」
「それは存じていますわ。私はトリツィアさんの力を昔から知ってますから、彼女を敵に回すことは絶対にしません」
レッティはシャルジュの言葉ににこやかに微笑み、告げる。
それは紛れもない本心である。
レッティはこのドーマ大神殿で、ずっとトリツィアのことを見てきた。だからこそ、彼女の異常性は理解しているつもりである。……きっとレッティが知っている以上に、トリツィアは凄まじいのだろうけれども。
「シャルジュ、レッティ様に何言っているの?」
女神様と会話を交わしていたトリツィアは、シャルジュがレッティに近づき何かを言っているのに気づき、声をかける。
「お姉さんの味方かなって確認をね」
「そんなのしなくていいよ。レッティ様はいい人だよ。そうじゃなきゃ私も『ウテナ』の劇を一緒に見ないよ」
そもそも女神様が女子会を共にすることを許すぐらいには、気を許しているのだ。だというのに、勝手にシャルジュがどうこういう必要は全くないとトリツィアは思っている。
「分かったよ。お姉さん。……お姉さんは僕らに頼らなくても何だって出来るかもしれないけれど、僕らはお姉さんに何かあるのは嫌だからね?」
「トリツィアさん、『ウテナ』の方たちはあなたを心から慕っているからこそ、私のことを警戒しているのだと思いますわ。心配でしたら神の名を持って誓いを立てても構いません。私はトリツィアさんと敵対するつもりは全くありませんから」
「上級巫女さんは……お姉さんのことが好ましく思っている? お姉さんがどれだけ凄いか知っているの?」
「好ましくは思っておりますわ。トリツィアさんは話していて楽しい子ですもの。どれだけ知っているかは……ある程度しか知りませんわ。少なくともトリツィアさんは下級巫女としてこの大神殿に滞在しながらも様々なことを成し遂げているもの」
「ふぅん。本当に上級巫女さんがお姉さんと敵対する気がないならいいや」
そう言って笑うシャルジュは、上級巫女と言う立場であったレッティがトリツィアのことを言いふらしたらどうなるかというのを懸念していたのだと思われる。
幾らトリツィアがレッティをこの場に呼んだとしても、今までは問題がなかったとしても――何らかのきっかけで感情が反転するということはある。
特にトリツィアは、何処までも力を持つ少女である。本人は無邪気に、ただ自分のしたいように生きているだけであるが……それが分からないものも世の中には多い。
『ウテナ』の面々は、そういう人たちのことをよく知っている。国の中核にいるような人々との関わりも深いのでそれも当然であろう。
だからこそ上級巫女などという立場であったレッティがトリツィアを利用するほうに気持ちが傾く可能性も考えたのかもしれない。
「シャルジュ、私はどういう相手が近づいてきても自分でどうにかするから大丈夫だよ? 私、誰かに利用される気もないし。でもレッティ様は少なくとも私に嫌な感情を持って利用しようとしている人じゃないってのも知っているし。もしそういうことが起こるなら、レッティ様の望まず起こることだろうし」
「……僕はお姉さんがいつか誰かに騙されないか心配になるんだけど」
「んー。大丈夫だよ? 本当に私に敵意があったりすると分かるし。そういうのはオノファノがどうにかしそうだし」
心配そうなシャルジュにトリツィアは軽く答える。
巫女としての力が誰よりも強いからこそ、そういう悪意のあるものというのはなんとなく感じ取れたりもする。そもそもそういう敵意があったところで、自分が誰かに攻撃をされたとしてもどうにでも出来る。
トリツィアはシャルジュや『ウテナ』の面々は心配性だなと思ってならない。
『この子たちはトリツィアのことを本当に心配しているわね。いい子たちだわ」
(女神様、私はどうにでもできますよー?)
『それでも信仰心のような慕う気持ちがあるからこそでしょうね。力を持ちすぎると孤独になる子もいるけれど、トリツィアは全然そんな気配がないからいいわよね』
女神様は神としてそういう孤独になっていた人のことをそれなりに多く見てきたのかもしれない。
しかしどれだけ力があったとしても、トリツィアは孤独と無縁である。
(孤独? そもそも一人でも周りに人がいても人生は幾らでも楽しめますよねー)
『ふふっ、本当にトリツィアは面白い子よね。そういうあなただから、『ウテナ』の子たちも慕うのよ』
女神様は、何処までも楽し気にトリツィアに語り掛ける。
トリツィアはよく分からなさそうにしているが、女神様が楽しそうなのでいいかと思っているようだ。
――そしてしばらく会話を交わした後、『ウテナ』とレッティたちは大神殿から帰って行った。




