下級巫女と『ウテナ』 ⑦
トリツィアをモデルにした劇のあらすじはこうだ。
小さな村に一人の愛らしい少女が産まれた。その少女は特別な力を持ち、神殿に召し仕えられる。そして彼女は多くのことを成し遂げる。
ある程度ぼかして、それでいて主役の髪や瞳の色もトリツィアから変えている。
とはいえその性格はトリツィアを演じている。
シャルジュがよくトリツィアの元へ顔を出しているのもあって、その解像度は中々高い。そしてそのままではないが、とある集団がその少女に助けられたことも描かれている。
――もちろん、トリツィア本人だと分からないように様々な差異はある。
「わぁ、見ごたえ満載ですねー」
「『ウテナ』の方たちは、本当にトリツィアさんのことを大事にしているのね」
「どうしてそう思うんですか?」
「劇を見ていれば分かるわ。そうでなければこんな劇にはならないもの」
レッティは楽し気に微笑み、そう告げる。
レッティの目から見て、その劇はトリツィアの特徴をよくとらえているものであった。それでいてその劇から読み取れるのはトリツィアに対する感謝である。その少女の偉大さと、敬愛の気持ち。そういう感情を『ウテナ』がトリツィアに抱いているのは、よく分かる。
(トリツィアさんはやっぱり凄い。『ウテナ』の面々がこれだけ誰もが誰も、トリツィアさんを特別視しているなんて……。ずっと年配の方も、若い方も……全員がトリツィアさんを大事にしているのね)
――トリツィアとレッティの傍には当然、オノファノの姿もある。
そして女神様もひっそりとその場をのぞいている。
『ふふっ、トリツィアをモデルにした劇って最高だわ』
(女神様が楽しんでくれたみたいで嬉しいです! それにしてもシャルジュ以外の『ウテナ』の面々とこうして直接会うのは初めてだけど皆楽しそうで嬉しい)
『彼らは皆、トリツィアのことを慕っているもの。トリツィアももう少し、彼らに会いに行ってあげたら? シャルジュ以外の子とは、そこまで会ってないでしょう?』
(そうですねぇ。よっぽど私のことを好いてくれているみたいなので、これからは『ウテナ』の本拠地に時々遊びに行ってもいいかもですね)
彼女は楽し気に今日も女神様と会話を交わしている。
女神様は大切な友人であるトリツィアがこうして周りから慕われていることを嬉しく思っているようだ。そして単純にその劇を楽しんでいたというのもあるだろう。
「お姉さん、どうだった? 僕たちの劇」
「トリツィア様、いかがでしたか?」
劇が終わると、すぐにシャルジュたちがトリツィアの元へ近づく。
レッティという貴族で、上級巫女であった存在に目もくれずにトリツィアの方へと近づいてくる。
彼らはトリツィアの反応だけを求めている。シャルジュ以外の『ウテナ』の面々はトリツィアと個人的に話すのは久しぶりのことである。だからこそ余計にトリツィアからの言葉を聞きたいとそんな風に思っているのかもしれない。
「とても楽しかった。動きとかも含めて凄いね。私っぽいけど、私だって分からないようにしていて、作りこまれているし。劇としても完成度が高くて面白いなって思ったもん」
トリツィアが素直に自分の思った感想を口にすれば、『ウテナ』の面々は心から嬉しそうに笑みをこぼした。
「お姉さんに一番に見せようって思っていたから、楽しんでもらえてよかった。お姉さんのね、良さをちゃんと表せるものにしたいなと思ったから」
「私どももそう思って作ったのです。トリツィア様にそう言ってもらえるだけで嬉しい限りです」
「うぅっ……」
……トリツィアが褒めると、彼らは様々な反応を示した。
トリツィアからの言葉がよっぽど嬉しいのか、中には感涙している者もいてトリツィアは驚く。
「そこまで泣くほどのことー? そんなに嬉しかった?」
「お姉さんが褒めてくれることは何よりも嬉しいことだからね。僕も褒めて欲しい」
「シャルジュも頑張ってたね。主要の登場人物として活躍してたし」
トリツィアがそう言えば、シャルジュも嬉しそうににこにこしている。
『本当に彼らはトリツィアのことを慕っていていいわね。彼らにとってみれば、トリツィアは救いの神か何かみたいなものなのかも』
(私は人間ですけどねー)
『人の身でも、周りから神様のように思われる存在というのはいるものよ。それだけトリツィアの行動が彼らにとっての救いであり、それがきっかけでトリツィアのことをよっぽど特別に思っているのよ。ある意味、信仰されているような状況ね』
(えー? 信仰っていうのは女神様みたいな偉大な存在にするものじゃないですか? でもこうやって私のことを慕ってくれているのは嬉しいけど)
まるでそれはトリツィアを信仰しているようである。
旅芸人の一座である『ウテナ』はこれまでどこの下にもつくことがなかった。そして誰かほかの存在を特別におくことなどなかった。
――だけど、彼らはトリツィアを特別視しているというのは彼らのやり取りを見ていたオノファノやレッティからしてみれば明白なことだった。




