下級巫女と『ウテナ』 ④
「お姉さん、何か困ったことはない?」
「何もないよ」
『ウテナ』のシャルジュは、大神殿に劇を披露するための準備で忙しいはずなのにトリツィアの元へとよく顔を出す。
『ウテナ』はトリツィアを大切にしているので、何かがあると嫌だとそんな風に思っている。
とはいえ、トリツィアにとっては刺客に狙われることもそんなに気にすることではない。
なので問いかけられてものほほんとしていた。
(お姉さんは本当に規格外だなぁ。多分、お姉さんを狙っている人もいるだろうに)
シャルジュはきっとトリツィアの周りで何かは起きているだろうと想像はしている。とはいえ、それをトリツィア自身は悟らせない。そしておそらく一般的に見て困ったことでもトリツィアにとってはそうではないのだ。
(僕たち『ウテナ』のメンバーが総出でかかってもきっとお姉さんには勝てない。お姉さんは、それだけおかしい人だから。僕たちにちょっかいを出してくる人たちは多いけれど、彼らには報復はしている)
『ウテナ』も様々な所から狙われることはよくあることである。
なのでそれについてよっぽど困ったことにならない限り、こちらもトリツィアに助けを求めることなどしない。それを考えるとトリツィアも『ウテナ』も似た者同士と言えるのかもしれない。
(報告したら手出しをしてこなくなるのならば、最初から僕らに手なんて出さなければいい。でもそんな当たり前のことを分からない人の方がずっと多いんだよね)
『ウテナ』も自分たちが手出しをされなければ、報復なんてことはしない。自分たちから誰かに対して何かを起こそうなどと彼らはまず考えていないのだから。
「シャルジュ、黙っているけどどうしたの?」
「皆お姉さんみたいだったら楽なのになって」
「私が沢山? それはそれで楽しそう」
「まぁ、お姉さんみたいなおかしな存在が沢山いたらこの世界は大混乱かもだけど」
自分で言っておいてなんだが、シャルジュはトリツィアのような存在が沢山いたらそれはもう大変だろうと思ってしまう。
たった一人で世界を震撼させることが出来る。そんな特別な巫女。
(ああ、でもお姉さんみたいなのが沢山いたら大変よりも楽しそうの方が多いかもしれない。お姉さんは一人だから、こうして表に立つことなく下級巫女としてのほほんと過ごしているけれど、沢山いたら誰か一人ぐらいは表舞台に立ちそうだし。そうなったらお姉さんの目が届く範囲で馬鹿な真似をする人はいないだろうしなぁ。それでいてお姉さん同士で喧嘩なんてはしないだろうし、凄く平和そう)
シャルジュは頭の中に沢山のトリツィアを思い浮かべる。
沢山似たような存在が居れば、それぞれ違う生き方をしているかもしれない。でもそういう異なる生き方をしていたとしてもきっと誰もが自由気ままに生きていることだろう。
トリツィアは力を持つからこそ、どんな風にも、何者にもなれる。
旅人として世界中で騒動を起こすことも出来るだろう。騎士として敵を震え上がらせることも出来るだろう。商人として自分だけが手に入れられる物を売って富を得ることだって出来るだろう。その先にはきっと無限の可能性があって、例えば今すぐに巫女の座を奪われたとしてもどうにでも彼女は生きていけるのだ。
そういうトリツィアたちが治める世界ならばきっと平和だろうなと想像するとなんだかおかしかった。
「ははっ、お姉さんが世界中に居たら世界は平和そう」
「なんか変な想像してる?」
「うん、ちょっと色々変な妄想していたんだ。世の中には煩わしいことが多いから、そうあった方が楽だなって」
「疲れてる? マオとジンもふもふして、癒される? 全力で癒させるけど」
「心配してくれてありがとう。お姉さん。じゃあお言葉に甘えてちょっと癒されて行こうかなぁ」
相手が魔王と魔神だと知った上でそんな軽口を聞いたシャルジュは、実際にその後、思う存分もふもふを堪能した。
二匹ともトリツィアには逆らえないので結局されるがままである。
――シャルジュはマオとジンのことを撫でまわしながら、『ウテナ』でペットを飼うのもいいなぁなどとそんな風に思考していた。
(いつでもこういう存在に癒されれば楽しそう。とはいえ、ペットにするなら誰かの人質にならない存在をペットにすべきだけど。そのあたりは長老たちに相談かな。お姉さんがペットを持っているから、長老たちもペットを持つのは賛成しそうだし。……さて、癒されたし、頑張るか)
『ウテナ』で癒し枠を入手する算段を考えながら、面倒なことを一つ一つ片付けることを決意する。
シャルジュが『ウテナ』に所属しているからこそ、厄介事はそれなりにある。それは他の誰かに対応させることではなく、『ウテナ』自身で解決していく必要があるものである。
そしてシャルジュは「じゃあね、お姉さん」とそれだけ言って大神殿から去って行った。
――それからしばらく後、『ウテナ』が大神殿に劇を披露する日がやってきた。




