勇者がやってきた。⑧
「ふんふんふ~ん」
トリツィアは朝からご機嫌な様子を見せている。
今日はこれから魔物退治に向かうことになっている。
神官長は勇者をトリツィアとオノファノが連れまわすことに一瞬難色を示したが、勇者本人が乗り気なので結局許可を出したわけである。
『トリツィア、ご機嫌ね』
(女神様、おはようございます! これから出張ですからね。出張って楽しいですから、どんなことがあるかなぁって)
『ふふっ、トリツィアが楽しそうで私は嬉しいわ。でも勇者のことで何か悩みが出来たらすぐに言うのよ?』
トリツィアは朝から仲良く女神様と会話を交わしている。
女神様はトリツィアが楽しそうにしているのが嬉しいようで、優しい声で話しかけている。
(大丈夫ですよ。私自身でどうにでもしますし。それにヒフリーは勇者である以前に私の弟子ですからね!! 弟子の面倒を師匠である私が見るのは当然ですよねぇ。女神様が人だったころに読んだものにそういうものがあったって言ってましたよね)
『そうね。師弟ものは熱い展開のものがとても多いのよ。師が弟子を導くみたいな展開は楽しいのよね。現実でトリツィアが師で、勇者が弟子なんて熱い展開よねぇ。ふふっ、どんな展開が見られるか凄く楽しみだわ』
(女神様が楽しそうで、私も嬉しいです。女神様を楽しませられるように面白いことしましょうか? ヒフリーは勇者だから、変わったことでもやらせたら面白いかな?)
『あらあら、無茶ぶりは駄目よ。トリツィアがトリツィアらしく師匠をやっているだけで私にとっては面白いのだから、あなたらしく動けばいいのよ』
女神様はトリツィアのことを気に入って仕方がないでもいう風に、にこにこと笑いながら告げる。
女神様にとってはトリツィアは見ていて楽しいお友達である。なので、そのトリツィアがトリツィアらしく生きているだけで満足なのだ。
そして女神様は勇者に対してもそれなりの慈愛はあるので、あまり無茶をしすぎない方がいいとそう助言もしている。これで女神様が愉快犯だったら、そのまま放置していたことだろう。
(女神様、ヒフリーを連れての魔物退治は見守ってますか?)
『そうね。出来る限り見ていようと思うわ。勇者への神託を与えた神にも、無茶ぶりはよしてほしいって言われているし』
(その神様って女神様とお友達ですか?)
『そうよ。流石に勇者は神の声をずっと聞けるほど力はないのよね。そう考えるとトリツィアは本当に規格外で面白いわね。そういえば魔物退治にはペットは連れていくの?』
(はい。折角なので。勇者と魔王と魔神を連れて魔物退治って面白くないですか?)
『その肩書の存在が一緒に行動するのは確かに楽しいわね』
トリツィアは女神様と会話を交わしながら朝の身支度をすませる。
準備を済ませて元気よくトリツィアはオノファノたちと待ち合わせをしている場所へと向かう。
大神殿の入り口。
そこには既に勇者の姿がある。まだオノファノは来ていない。
「おはようございます。師匠!! その、犬たちは?」
「これ、魔王と魔神。従順だから仲よくね。それにしてもヒフリーは早いね」
「……これが魔王と魔神ですか。師匠が言うなら仲良くします。あと師匠より早く来るのは当然です。弟子は師を待たせない方がいいですから」
勇者はトリツィアとオノファノとの模擬戦に夢中になりすぎて、魔王と魔神と会うことなどしていなかった。
――そういうわけで、今回は初対面であった。ちなみにマオとジンは相手が勇者だと分かっているので何とも言えない様子だが、トリツィアに逆らえないものなので何も言わなかった。
「そういうものかぁ。あ、そうだ。今回結構ぶらぶらして食べるものも自分で狩ったりする予定だからね!!」
「……師匠は食べられるように処理したりできるんですか? 俺はある程度できますけど」
「出来るよー。出張に行ったときはね、オノファノと一緒に色々狩って食べたりしていたしね。色々美味しいものを食べられると思うよ。この前は巨大な蛇とか食べたし」
「……巨大な蛇?」
「うん。家よりもでかいやつ」
……勇者はそれを聞いて、それは普通の魔物ではないのでは? とそう思って仕方がなかった。
それはもっと特別な何かだったのではないかなどとさえ思う。
そういう話をしているうちに、オノファノがやってきた。
「トリツィア、ヒフリー。もう来てたのか。待たせてすまない」
「いいよ、全然。そんなに待ってないし」
「大丈夫です!!」
オノファノに向かってトリツィアと勇者はそう答える。
「じゃあ、行こうか。ヒフリーは走れる? 私とオノファノ、二人の時はいつも走って移動しているけれど」
「走って移動……? 巫女って馬車とか使わないんですか?」
「他の巫女は使っているよ。でも馬車より走った方が早いなって思うから、二人の時は走ってるの」
軽く言われた言葉に、勇者は驚愕した。本来なら馬車より早い人間などありえないものである。一瞬冗談を言われたのだろうか……と思ったのだが、トリツィアは本気だと言う目でにこにこしている。
「走るのは構いませんが……でも、お、お手柔らかにお願いします」
結局勇者はそう答えるのだった。




