勇者がやってきた。⑦
さて、勇者がなぜトリツィアのことを師匠などと呼ぶと宣言したかと言えばその理由は単純なことである。トリツィアが何処までも力を持つ存在だったからだ。
勇者とは、力の象徴である。人類の希望であり、誰よりも強くあることを求められる。
勇者などと呼ばれる特別な存在が、誰にでも負けるような存在であってはならないのだ。今回は、魔王に関して既に対処が済んでいる。だからこそ問題はない。けれどもそういう状況でなければ、勇者は誰よりも強くあることを求められ、魔王を倒すという重圧を与えられ続けただろう。
今の勇者であるヒフリーは、元々平民であったが正義感が強い青年である。特別であることに憧れ、強さに憧れる。それでいて魔王のことが対処されていたとしても、勇者として相応しくありたいと望んでいる。
――そういう勇者だからこそ、そのトリツィアの圧倒的な強さに惹かれたのも当然であった。
何度も何度も模擬戦をし、最初のうちはどうして勇者なのに自分は勝てないのだろう。なぜ、こんな存在が居るのだろうかと呆然とした気持ちになったものである。
しかし何度も何度も――トリツィアに負けるにつれ、なんて強いのだろうと感服した。
強さに憧れている青年だからこそ、何度も何度もぶっ飛ばされた結果、憧れが芽生えた。だから師匠と呼ぶことにしたのである。
「んー? まぁ、いいよ?」
勇者から師匠宣言をされたトリツィアはと言えば、不思議そうな顔をしながらも軽くそう答えていた。
トリツィアからしてみれば何度負かしても根気よく向かってくるヒフリーのことは、勇者であることを抜きにしても面白い存在だと思っている。それに誰かに師匠などと呼ばれるのは初めてのことなので楽しそうとも思っている様子である。
「トリツィア、安受けするなよ……」
「えー? オノファノは反対なの? ヒフリーさんが私を師匠って呼ぶの面白いなと思うんだけど」
「反対というか、もっと考えろって言っているんだ」
「オノファノは心配症だなぁ。大丈夫だよ! ヒフリーさんを弟子にしたからって何か不都合はないよ。あったとしても力づくでどうにかするから!!」
呆れた様子のオノファノに、トリツィアは相変わらず無邪気に微笑んでいる。
「師匠! 俺の事は呼び捨てでいいです。オノファノさんも! 敬語は要らないです!!」
「なんでそちらが逆に敬語になってるんですか?」
「オノファノさんは俺より強いです! 何度やっても結局師匠にもオノファノさんにも勝てなかったから! だから俺の方が敬語使います! オノファノさんも砕けた口調してください」
なんで勇者に敬語使われることになっているのだろう…と何とも言えない表情のオノファノに、勇者はそう言い放つ。
その目が何処までも本気だったので、その提案を受け入れることにする。
「……分かった。これでいいか?」
「はい!」
勇者はオノファノの言葉に頷いて、嬉しそうにしている。
「ねぇねぇ、私が師匠ってことはヒフリーのことを沢山鍛えていいってことだよね!! 私、弟子とか初めてだから楽しそう!!」
「トリツィア、何する気だ?」
「ん? 鍛えるんだよ!! 女神様がね、師匠と弟子っていうのは重要な関係だって言ってたよ。どんなふうに鍛えたらいいかな? 女神様に聞こうかなぁ」
「……やりすぎるなよ。あんまりやりすぎるとヒフリーの心が折れるぞ」
「ん? 多分、大丈夫だよ。ヒフリー、心折れなさそうだもん」
軽い調子でトリツィアは、まるでそれを確信しているかのように言う。
オノファノはトリツィアがそういうのならば、本当にそうなんだろうなと納得する。
「ヒフリーは、魔物倒したことある?」
「ないです」
「そうなんだー。ここにはまだ居れる?」
「問題ないです」
ヒフリーはトリツィアの問いかけにそう答える。
ヒフリーは勇者であるが、まだ勇者が出現したことは公表されていない。そもそも対となる魔王が既に対処されていることも一般人は知らない状況である。そういう状況だからこそ、比較的勇者は自由の身であった。
「なら、一緒に魔物倒してみようよ。ちょっとした出張だね!!」
トリツィアはそう言ったかと思うと、オノファノの方を見る。
「オノファノ、神官長にちょっと出張してきていいか聞いてきてー! あまり遠くには行かず近場で済ますからって」
「ああ」
トリツィアの言葉にオノファノは頷くと、神官長の元へと向かった。
その去っていく姿を見ながら、ヒフリーが口を開く。
「い、いきなり実戦はちょっと怖いんですけど」
「大丈夫大丈夫。ヒフリーは結構強いから、そこら辺の魔物には負けないよ。それに怪我したらすぐに治せるし。ヒフリーが危険ならこの師匠である私がぶちのめすから」
勇者として力を得たとしても実戦経験がなく心配そうなヒフリーに、トリツィアはそう言い切った。
「……分かりました。頑張ります」
「うん。頑張れー」
決意を口にするヒフリーとは対照的にトリツィアは相変わらずにこにこしているのであった。




