勇者がやってきた。⑤
「なんかヒフリーさん、疲れてる?」
トリツィアが雑用を終えてオノファノと勇者の元へ向かうと、疲労した様子のヒフリーがいたので彼女は不思議そうな顔をする。
案内を頼んでいただけなので、何をしていたのだろうとでも思っているのだろう。
「模擬戦をしていたんだよ」
「え、そうなの? 楽しそう!! 私もやりたい!! ヒフリーさんがどのくらい強いのか気になるもん」
トリツィアはオノファノの言葉を聞き、そんなことを言う。
ヒフリーが勇者だと知った上での発言である。ヒフリーはそれに何とも言えない気持ちになった。
良い意味でも悪い意味でもトリツィアとオノファノは勇者と呼ばれる存在を全く持って特別視しない。おそらく彼らにとって勇者も魔王も、その他の存在も等しく変わらないのだろう。だからこそ勇者の強さが気になるから戦ってみたいなどというし、魔王のことも簡単にペットにする。
それらの行為は、トリツィアと言う少女にとっては特別なことでは何一つない。
「ねぇ、ヒフリーさん。後ででいいから私とも模擬戦しましょう!!」
「……ああ」
「よかった。楽しみですー! じゃあ、オノファノ。それまで私と一緒に遊ぼう!! 私も身体動かしたい」
勇者が頷くと、トリツィアは満面の笑みを浮かべて頷いた。
そして身体を動かしたくてたまらないのか、模擬戦をしようとオノファノを誘う。オノファノはその提案に笑って頷いたので、勇者の目の前でトリツィアとオノファノの模擬戦が開始された。
――その模擬戦は、勇者にとっては衝撃的なものだった。
「やっぱりオノファノとの模擬戦は楽しい!!」
「よかったな」
「うん!! それに皆、私の模擬戦の相手してくれないけれどヒフリーさんならこれから私の模擬戦相手になってくれるかもしれないでしょ?」
「……それはどうだろうな」
トリツィアはオノファノに容赦なく飛び掛かっている。それをオノファノは対処していく。
その合間にこんな気の抜けた会話をしているとは、見ている者からしてみると信じられないことだろう。
どれだけ彼らの模擬戦が凄まじいものであろうとも、彼らにとってはただ身体を動かしているだけである。
トリツィアは他の騎士たちは模擬戦をしてくれないので、勇者ならばこれから模擬戦をしてくれるようになるのではと期待している様子である。
しかしオノファノからしてみれば、勇者も他と変わらない認識だった。幾ら神から勇者としての力をもらっていたとしてもその力を使いこなせていなければまだまだである。経験と鍛錬を積んだ後ならともかく、今の勇者はまだまだトリツィアにとって面白い存在とは言えない。
――それに一般的な感覚をしていれば、トリツィアの異常性に人は恐れるものである。トリツィアのようにはなれないと、あれは別の存在だからとそう割り切ってしまえばそもそも彼女と対等の場所に至れるはずがない。
勇者は力をもらったとはいえ、普通に生きてきた平民である。それがトリツィアの異常性を理解してどういう感想を抱くのかオノファノには分からない。
何処までも無邪気に微笑むトリツィアは、オノファノに飛び掛かる。
そしてオノファノもトリツィアに模擬剣を向ける。
凄まじいスピードで、彼らは戦いあっている。
(……俺が手足もでなかったオノファノとあんな風にやりあえるなんて。それにオノファノも俺との模擬戦の時は手加減をしていたんだろうということが分かる。理解が追い付けないぐらいの速さで、攻防しているし……。なんでトリツィアもオノファノもこんな模擬戦をやってあれだけ楽しそうにしているのだろう)
勇者から見ても、その模擬戦は驚くべきものだった。
驚くほどにトリツィアもオノファノも身軽で、次々と繰り出される攻撃を互いにいなしていく。
その攻防は目が追い付かない。……その模擬戦を何処までも楽し気に行っているのもよく分からない。
(オノファノはともかく、トリツィアは巫女のはずだ。ならばあの身体能力に付け加えて……巫女としての力も強いと巫女姫様も言っていた。……結界や癒しの力、瘴気を祓う力。それも持ち合わせているのか?)
勇者はその事実に行きつくと、呆然とした気持ちになる。
幾ら神から勇者として選ばれたとしても――自分はそれだけでしかないのだとそう理解したから。
力をもらっていたとしても、目の前の二人はそれ以上だという事実を知ったから。
(……いや、本当にこの二人がそれだけ凄いだけだ。俺だって勇者なのだから、もっと力をつけて自分にできることをやることは出来るはず)
ここで二人の存在を知って腐ったりしないあたりが、神に選ばれる理由の一つなのだろう。
何があったとしても心を腐らせないこと、折れない心を持つこと。
――それは重要なものである。
「楽しかった!!」
一通り、模擬戦を行うとトリツィアは満足そうに笑った。
そして模擬戦を見ていた勇者に視線を向ける。
「ヒフリーさん、そろそろ行けそう?」
「……ああ。トリツィアはオノファノと模擬戦したばかりだろう? 疲れていないのか?」
「全然!!」
「……そうか」
勇者はトリツィアの元気な言葉に、何とも言えない表情で頷いた。
それからトリツィアと勇者の模擬戦が始まった。




