勇者がやってきた。③
「私はトリツィア、よろしくお願いしまーす」
勇者ヒフリーの目の前には、にこやかに微笑む少女トリツィアがいる。
屈託のない無邪気な笑み。ヒフリーはその愛らしい笑みに拍子抜けした様子を見せる。
そんなトリツィアの横には、オノファノがいる。
「……ヒフリーだ」
そう言ってまじまじとヒフリーはトリツィアを見ている。
背の低く愛らしい笑みの彼女は噂に聞くような強さを持ち合わせているようには決して見えない。世の中には見た目と中身が合わない存在は確かにいるが……それでもこの目の前の少女トリツィアが魔王や魔神を下してペットにしているとは思えないのだろう。
トリツィアはじっと見つめられても、特に気にした様子はない。
(滅茶苦茶見てくるなぁ。何か気になることでもあるのかな? それにしても勇者って本来なら魔王を倒す存在だよね。私に対して敵対の感情はなさそうだけど……。んー。何しにきたんだろう?)
トリツィアは何処までも呑気にそんなことを考えている。
勇者というこの世界にとって特別な少年が目の前にいようとも、トリツィアは平常運転であった。
「ヒフリーさんは、私に何か用ですか?」
「巫女姫様から話を聞いて会ってみたいと思ったんだ。失礼かもしれないが……とても話に聞いていたような巫女には見えなくて頭がおいつかない」
「そうなんですね。私、これからお祈りと掃除しにいきますけど、どうします? ついてきます? 退屈ならオノファノおいていくので、案内でもしてもらってください」
トリツィアは勇者がこの場にきているからといって、勇者の方を優先することなどしない。いつも通りの日常を過ごそうとしているのである。
勇者はトリツィアの言葉に、オノファノの方を見る。トリツィアの護衛騎士であるというオノファノのことを勇者は気にも止めていなかった。それはトリツィアという存在の事前情報がそれだけすさまじかったからといえる。一応、巫女姫から勇者はオノファノの話も聞いているが、トリツィアのことで彼は頭がいっぱいであった。
「……そうさせてもらう。オノファノだったか。案内がてらに話を聞いてもいいか?」
「はい。構いません」
勇者の言葉にオノファノは頷いた。
オノファノは相手が勇者だと知っているので、敬語で対応している。
――そしてそのままトリツィアはお祈りに向かったので、その場に残されるのは勇者とオノファノのみとなる。
「オノファノ。君はトリツィアが何をしたのか正しく理解していると聞いている。本当に彼女が魔王と魔神を下してペットにしているのか?」
「していますね。トリツィアは規格外ですから」
事実でしかないので、オノファノは勇者の言葉にそう答える。
勇者はオノファノがトリツィアのことをよく知っているにも関わらず何処までも平然としている事実がよく分からなかった。
人類の敵であるとされる魔王と魔神を下した者。その事実が広まれば英雄として崇められるはずの少女。
……その事実を知っているにも関わらず、オノファノの態度は平坦過ぎた。トリツィアという規格外の少女に対する恐れも敬意も、何もない。
「……君はよく彼女が魔王や魔神を下したという事実を知っていてもそんな風に平然と出来るな。俺は本当にそんな力が彼女にあるのか、信じられない気持ちでいっぱいだ。本当にそれだけの力を持っているのならばその力が暴走すれば大変なことになるだろう。誰かに騙されてその力を悪い風に使ってしまう可能性なども危惧すべきだ」
「トリツィアの自由を阻害することなど誰にもできません。私はそれを許しませんし、女神もそれを許さないでしょう」
「……そうか。というか、彼女の護衛騎士は君だけなのか? それだけの力を持つ巫女の護衛が一人だけというのはどういうことなんだ?」
「トリツィアがそれだけ力を持ち合わせているから、護衛なんて基本いりません。トリツィアも常に護衛に囲まれる堅苦しい生活は望んでいません。そもそも私以外にトリツィアについていける護衛はいません」
はっきりとオノファノにそう言われて、勇者はその言葉を理解するのに時間がかかった。
特別な少女についていけるのは自分だけだとはっきりと告げるオノファノ。そのオノファノも、何処にでもいるような少年にしか見えない。
規格外の少女についていけるだけの存在というのならば、オノファノも特別であると言えるだろう。
それに巫女としての力がどれだけ強かったとしても、護衛がいらないという状況は分からない。例えば寝静まっている時に襲われたりすればひとたまりもない……と勇者は自分の基準で考えている。
トリツィアの場合はそういう場面で襲われてもどうにでも出来るのだが、彼女の見た目がか弱い少女にしか見えないのでそんなことが出来るようには勇者には見えないのだろう。
「……オノファノはそれだけ戦う力を持っているんだな。なら、俺と戦ってくれないか?」
勇者がそう提案したのは、オノファノの力に興味を抱いたからである。
オノファノは特に断る理由もないので、その提案を受け入れるのだった。




