勇者がやってきた。②
「ペットにしている……?」
「はい。彼女は誰よりも強い巫女の力を持ち合わせています。それこそ巫女姫と呼ばれている私よりもです。だからこそ、魔王は彼女を狙いました。そして狙った結果、返り討ちに遭いました」
巫女姫は下手に沢山の情報を与えるよりも、必要な情報のみヒフリーに与えようとしている。
トリツィアに関する情報は、聞くものが混乱するものでしかない。だからこそ、そういう風にしている。
「……魔王を返り討ちですか」
「そうです。それだけ凄まじい方です」
「……信じられません」
「勇者様は、神の声を聞いたことはありますか?」
「信託はいただきました。神から勇者としての役割と力は与えられました」
「流石、勇者様ですね。……それでなぜそういうことを聞いたかというと、彼女は神と個人的に親しくしています。神からの神託を聞くというのは普通の人間であれば疲労を伴うものです。神の力というのはそれだけ人の身では受けることが難しいほどのものなのですから。勇者様だってそうではありませんでしたか?」
「はい。神からの偉大なる言葉は、俺にとっても衝撃的でした。その言葉を聞いている間身動きが取れず、放心してしまいました」
「……それが普通なのですよ。ただし彼女はそうではない。私は彼女がどの程度神と親しくしているか正しく理解しているわけではありません。しかし全くの疲労感を感じることもなく、ただ平然と神と個人的に親交を深めているのが彼女です。自分を取り込もうとした魔王を下し、神から許可を得てペットにしているのです」
出来る限りかみ砕いて説明をしていても、やっぱりトリツィアの成したことはそれだけ想定外で、誰にも理解出来ないようなことなのだ。
「……すさまじい巫女なのですね」
「そうですね。本当に驚くべき力を持つ巫女です。勇者様、その顔は彼女に会いに行こうとしていますか?」
「分かりますか……?」
「分かりますわ。彼女のことを興味深くて仕方がないのですね」
「そうですね。……あとは魔王を下したというその強大な力を持つ巫女が、闇に堕ちないか確認はしたいです。もしそういうことになったら大変ですから」
「彼女なら何も心配ないです。が、口で言われただけだと心配にはなるのは当然ですね。勇者様が会いに行っても構わないか聞いておきます。……それと、彼女の元へ向かうならもう一つ。彼女は魔神も下しています。こちらもペットです」
「……何なんですか、その巫女は」
もし勇者がトリツィアに会いに行かないのであれば、魔王のことだけ告げておこうと思っていた。しかしまぁ、会いに行こうとしているのならばそれも言っておいた方がいいだろうと告げる。
たった一人の下級巫女。可愛らしい少女が魔王も魔神も下してしまったなんて普通では考えられないことだ。だから、勇者が先ほどから信じられない様子なのも無理はない。
(そしてそれだけの力を持つ巫女ならば、勇者として警戒するのも当たり前と言えば当たり前。そういう性根の勇者様だからこそ、神に選ばれたのだろう。トリツィアさんは自分に力があったとしてもただのびのびと好きなようにやりたいことをして生きている人だ。でもそういう人は……おそらく珍しい。勇者様もトリツィアさんに会えば彼女がどういう人か分かって手を出さなくはなるだろう。……トリツィアさんは鬱陶しいと思うかもしれないけれど、一度会っておいた方がおそらく今後のためにはなる)
巫女姫はそんなことを考えている。
トリツィアという特別な少女。どこまでも強い力を持ち合わせ、その性格も他にないもので――本当にこの世界にとって想定外ともいえるような少女。
勇者と呼ばれる特別な少年も、彼女と比べると霞む。巫女姫は勇者であっても、トリツィアには叶わないだろうと確信している。だからこそ、下手に敵対しないようにしてほしいと思っている。
勇者が彼女に潰されてしまうのは、望ましくないことだから。
(ああ、でも……トリツィアさんの凄さを実感したら勇者であるというプライドも、何もかも粉々に砕けてしまうかもしれない。神に選ばれた勇者としての存在意義なども分からなくなるかもしれない。……それだけトリツィアさんの力はすさまじいものだから。勇者様の心が潰されなければいいけれど)
そんなことを思いながら、勇者に巫女姫は告げる。
「勇者様、本当に彼女は規格外の存在です。だから、彼女がどれだけ力を持っていたとしても気にしないでください。勇者様は勇者様ですから」
――勇者は巫女姫の言葉に、何を言われているか分からないといった表情だ。
どれだけそのすさまじさを言葉を聞いたとしても正しく理解が出来ないのだろう。実際にその目で見て、その力を実感しなければトリツィアの力は実感できない。
そしてそれからしばらくして、トリツィアから「勇者が来るの大丈夫です! でも勇者って言わずに来てください」と返事が来るのだった。




