勇者がやってきた。①
勇者と魔王。
それは対になるものである。魔王が現れる時、人類の希望である勇者も現れる。
その世界には魔王が出現しているので、勇者と言う存在も生まれている。
……ただし魔王に関しては、一人の少女が屈服させているので勇者と言う存在は不要である。しかし不要であるとしてもその存在は産まれてしまっている。
――勇者というのは、魔王を倒すからこそそう呼ばれる。特別な人類の英雄。この世界の救世主。でも魔王が既に対処されていたら? 勇者はどうなるのだろうか。
「勇者様、よくお越しくださいました」
巫女姫アドレンダは勇者を見つけ、保護した。
見目の良い緑色の髪の少年――ヒフリーである。その目はギラギラと燃え、魔王を倒すという使命に燃えているように見えた。
……巫女姫は、その勇者のことを少しだけ不憫に思う。それは倒す対象である魔王はとっくにトリツィアに下っているから。
「巫女姫様、俺が必ず魔王を倒して世界を平和にします」
「勇者様、言いにくいのですが……魔王に関してはもう対処がされているので大丈夫です。ですので、勇者様には自由にしていただいていて構いません。ただその力は人を守るために使っていただきたいとは思っています」
巫女姫は決意を口にする彼に対して、そういうしかなかった。――魔王が勇者の力を借りずに既に対処されているなど、彼からしてみれば信じられないことなのだろう。巫女姫の言葉に動揺している様子である。
「……魔王の対処がされている? そんな馬鹿な」
「はい。信じられないことかもしれませんが、事実です。もし対処がされていなければもっと世の中は混沌としていたでしょう」
巫女姫はそんな説明をしながら、最近こんな風に話すことばかりだなと思う。
(バニーヌさんにも伝える必要があったし、勇者様には当然当事者として魔王のことは知ってもらう必要はある。ようやく……一部の者たちが魔王や魔神が現れたのに平和すぎるこの国に疑問を抱き始めているというか。今回は魔王と魔神という一部の者が知る存在への対処だったから、把握している者が私のようにいるわけだけど……。もっと他の、周りが何も気に留めてもいない危機ももしかしたらトリツィアさんは知らないうちに対処してしまっているのかもしれない。きっとトリツィアさんにとっては他の人にとっての脅威も、脅威ではないから)
巫女姫もトリツィアと交友を持つようになってから、彼女の性格も理解してきている。トリツィアは本当に何気なく、日常の合間で巫女姫にとって驚くべきことをやり遂げる。
きっと知らない所で、そういうことを成しているだろう。巫女姫はトリツィアの成してきたことを全て知っているわけではないのでそう思っている。
「そんな……なら、俺が勇者としての役割を与えられたことに何の意味があるんだ。勇者として俺はどうしたらいいんですか?」
「勇者の意義は魔王を倒すことではありますが、あなたが望むのならば英雄の道を歩むのもありだと思います。もしくは……魔王と勇者の出現は皆が知るところではないので、勇者様が望むのならば今までと変わらぬ暮らしをすることだってできます」
巫女姫がそういう提案をしたのは、トリツィアやオノファノのような存在を知ってしまったからである。
力があるものはだれしもその力を使いたいものだと思っていた。基本的にはそういう人の方が多いだろう。しかしそうではない者もいることが分かったので、勇者がそういう人間だったら――と配慮したようである。
しかしその懸念は不要だったようだ。
「――勇者としての力が与えられたのに今までと同じ暮らしなど出来ません! 魔王は対処されているとしても、俺は英雄にはなりたいです」
「分かりました。では、魔物討伐などをお願いすることになると思います。また神殿は基本的に中立の立場なので、その力を戦争などで発揮することはやめていただきたく思います。……あなたがそちらの道を選びたいと言うのならば仕方ないですが、戦争で英雄になるということは敵対国からすれば英雄ではありませんから」
英雄などと一口にいっても、周りから見てそうではない場合もある。特に戦争の場合は敵対国からすれば英雄なんて呼ばれるものは、怖ろしい存在であろう。勇者がよく考えてその道を選ぶのならば良いと思っているが、流されるままであるのならばその道を選ぶべきではないと思っている。
勇者は平民の出である。下手に権力社会にどっぷり浸るのは時として悪い結果を産むだろう。
「……はい」
ヒフリーも自分が勇者であるからと張り切っているものの、巫女姫が心から自分を案じていてくれていることが分かっているからか素直に頷く。
「――ところで、魔王への対処とは? 消滅させていないということですか?」
「……あくまでも他言無用でお願いします。勇者様にお話しする許可はもらってますが、それが露見することを望んでいませんから」
「はい」
「魔王は一人の下級巫女により対処されました。彼女は下級巫女の地位を謳歌しています。上級巫女になりたくないそうです。しかし彼女の力は誰よりも強く、魔王をペットにしています」
ひとまず、巫女姫は淡々とその事実を告げるのだった。




