他国の巫女、彼女におののく ⑤
「マオ、ジン、良い子にしてる?」
トリツィアは早速バニーヌを連れてマオとジンの元へと向かう。
大人しく繋がれている二匹の頭を撫で、にこにこしている。その様子はペットと戯れる愛らしい少女というほのぼのとしたものである。
――そのペットが、魔王と魔神などと呼ばれる人類の敵ではなければだが。
バニーヌは魔王と魔神の元へ連れていくと言われてやってきた場所にいるのが、愛玩動物にしか見えない二匹なことに訳が分からなかった。
「わふぅう」
そんな鳴き声を上げてトリツィアに駆け寄る二匹が、魔王と魔神とは思えないのは当然である。
マオとジンは人前では喋らないようにとトリツィアに命じられたことを守っているのであった。
「トリツィアさん……、どうして私を此処に?」
「バニーヌ様、この子たちが魔王と魔神です! 私のペットにしているのです」
「……本当に?」
「はい! とっちめてペットにしたのですよー」
軽い調子でそんな風に言われても、バニーヌからしてみれば信じられないのは当然のことであろう。
魔王と魔神。
それは人類の敵である。それこそ勇者や巫女姫などと呼ばれる英雄たちでしか相手に出来ないような存在。
トリツィアは、何処にでもいるような愛らしい見た目の少女である。
その少女が、それをなしとげたというのに頭が追い付かない。
「……トリツィアさん、この魔王と魔神は人に害をなさないと約束できますか? ペットだというのならば、何かあったらトリツィアさんの責任になります。もしそういった恐れがあるというのなら――」
ペットとして飼うよりも、討伐出来るのならばそうした方がいい。
そう口にしようとした時、マオとジンがその不穏な発言に威嚇を始めた。
「ぐるるるる」
マオとジンからしてみれば、こうして生かされているのは温情である。なぜなら彼らの飼い主であるトリツィアはそれはもうすさまじい力を持ち合わせているから。それこそマオとジンを消滅させることなんて簡単に出来るぐらいの。
――もしバニーヌの発言で、トリツィアが心変わりしてしまったら彼らは困るのである。
纏った魔力と、殺気。
それを浴びたバニーヌは、動くことが出来なくなった。
その顔は青ざめ、身体は震えている。
明確に敵意を見せられ、ただの上級巫女でしかないバニーヌはどうすることも出来ない。
このまま自分の命は失われてしまうのではないか。
この恐ろしい状況から逃げ出したい。
バニーヌが感じているのはそれだけであった。
「もう、駄目でしょ!!」
震えて動けないバニーヌとは対照的な、どこまでも能天気な声が響く。その声の主はトリツィアである。
マオとジンの身体を抑え、しかりつけている。
「いたたたっ、ご主人様、ごめんなさい!」
「あ、あの女が我らを――」
素直に謝るマオと、反論をしようとするジン。
すぐにマオは開放されたが、ジンはまだ押さえつけられたままだ。
「バニーヌ様はただ可能性の話をしただけでしょ? 私がマオとジンのことを躾けれないっていうならペットにしない方がいいって考え方は当たり前のことだよ? ジンがちゃんと大人しくいい子でいてくれたら私もどうにかしようとかしないからねー? だから、ちゃんと抑えてね」
「う、うむ。すまぬ」
まっすぐに目を合わせて言われた言葉に、ジンは頷く。
このままトリツィアを刺激しても良いことがないのはジンだってもう学んでいる。
「うんうん。いい子いい子」
ちゃんということを聞いたことに満足したのか、トリツィアはそう言って二人の頭を撫でまわすのだった。
――そんな様子を見て度肝を抜かれているのは見ていたバニーヌである。
(あれだけの重圧の中で平然と動くなんて……! それにあれが魔王と魔神だと理解した上であのようにしかりつけるなんて……!! 魔王と魔神にとってトリツィアさんは明確に立場が上のものという認識をされているように見えるわ。魔王と魔神をペットだなんて正気の沙汰ではないと思っていたけれど……トリツィアさんがそれだけ力を持つからこそ当たり前のように行っているのかもしれない)
バニーヌは思考しながら、呆然とトリツィアと二匹のペットのことを見ている。
「バニーヌ様、マオとジンがごめんなさい」
「い、いえ、大丈夫です」
「マオもジンも、死にたくはないみたいでつい出ちゃったみたいです」
「……そうですか」
「大丈夫ですか? 震えてますけど、座ります?」
トリツィアは何処までも平然としている。バニーヌと話している時と、魔王と魔神と接している時とで何一つ変わらない。
それは彼女にとっては、魔王と魔神も気を張って接する必要のないほどの気にかからない存在であるということだろう。
――そのことが分かって、バニーヌの震えは止まらない。
(魔王と魔神は恐ろしい。でも、それ以上に――)
無邪気な笑みを浮かべるトリツィアと目が合う。
(――トリツィアさんの方が、ずっと恐ろしい)
バニーヌは恐れてしまった。トリツィアという少女の異常さに。
「ちょ、ちょっと調子が良くないので帰りますわ」
「そうなんですか? 無理しないでくださいねー?」
この場から今すぐ離れたかった。
バニーヌの言葉をトリツィアは疑いもせずに送り出す。おそらく自分が恐れられていることなど考えてもいなさそうであった。




