他国の巫女、彼女におののく ①
トリツィアの暮らすムッタイア王国。
その南西に位置する場所に、イングスミア帝国と呼ばれる国がある。
その国の巫女の一人が、トリツィアのいる国にやってくることになった。
――その巫女の名は、バニーヌ。
帝国の大貴族の娘であり、巫女としての力も強く、ムッタイア王国の巫女姫と同じような地位にある少女である。
その彼女が王国を訪れることになったのは、その国に魔王や魔神の脅威があったからと言える。……それでいてそれらに襲われたにも関わず、その国は平和そのものであるという異常事態だからというのもある。
(魔王や魔神。そのような脅威が訪れても、これだけ平和なのが逆に恐ろしいわ。巫女姫様であるアドレンダ様が居るとはいえ……、どういうことなのかきちんとお聞きしないと)
バニーヌは巫女姫であるアドレンダとも旧知の仲である。巫女姫と呼ばれるほどの地位にはないが、バニーヌはその帝国では最高位の巫女であると言えるだろう。上級巫女である彼女の発言力は帝国では高い。
高位の巫女であるバニーヌは、あまり他国に赴くことはない。それだけ国にとっても、神殿にとっても特別で大切な巫女様なので、外には出せないものである。貴族の娘であり、上級巫女であるという彼女はそれだけあらゆるものに狙われやすいのだ。
(……本当は、魔王や魔神に洗脳されているなどという恐ろしいことが起こってなければいいけれど。でもそれらがやってくるのならばそういうことが起きていてもおかしくはない)
過去に、そのように表面上は平和でも恐ろしい存在に国が支配されていたという例もないわけではない。
幾ら問題がないと言われていてもバニーヌにとっては心配だった。
彼女は同じ巫女として、巫女姫であるアドレンダのことをとても尊敬している。巫女姫としての仕事を真っ当している巫女姫に対して好感を抱いている。幾ら総本殿が問題ないと言っても、確認をしておきたかったのは巫女姫のことを心配しているからに他ならなかった。
ムッタイア王国が大変なことになっていたら……と心配しつつ、王国に足を踏み入れた彼女は本当に何処までもその国が平和すぎて驚いた。
その国の人々は、自分たちが魔王や魔神の脅威にさらされたことさえも知らない。――そんなものによって支配される未来が欠片でもあったことも知らず、ただただ平和を謳歌している。民たちに広まる前に、魔王や魔神に対する対応が完了したということだろう。それを達成するには、本来ならアドレンダだけではなく、もっと他国の巫女や神官の力を借りなければいけないものである。
限られた人数の巫女や神官だけで対応できるものでは決してない。
(アドレンダ様がそれだけのことを成したということ……? 確かにアドレンダ様は力が強い。巫女姫として立派な方だ。だけれども……魔王や魔神への対応を、これだけ外に漏れずに内密に出来るものなの?)
バニーヌは上級巫女という立場だからこそ、魔王や魔神の危険性を存分に教わっている。
過去の事例についても学び、それらの襲来でこれだけ平和なことがおかしいことをちゃんと理解している。
そしていかにアドレンダが巫女姫とはいえ、それらを一人でどうにかすることなど出来ないことも分かっている。
(アドレンダ様の秘めたる力が覚醒したとか? 神のお導きがあったのならば……それは私にきちんと知らされるはず。本当に、どういうことなのだろうか? これだけ平和なことも全てお聞きしないと)
アドレンダがこれだけのことを成すには、何らかの力に覚醒した以外にはない。しかしそれらは周知されていない。喜ばしいことならば周りに広められるはずである。だからこそ、余計にバニーヌは何か起こっているのかと、心配してならない。
一緒に王国にやってきている神官には心配しすぎだと、アドレンダ様だからこそ問題なく解決出来たのだろうと言われているが、本当にそうなのだろうか……と現実を見ているからこそ、バニーヌは思ってならなかった。
そしてバニーヌは、総本殿に到着する。アドレンダには先ぶれを出しているので、比較的すぐにバニーヌはアドレンダにあうことが出来た。忙しい身であるアドレンダとこれだけすぐに会えたのは、バニーヌがそれだけ神殿にとっても無視の出来ない上級巫女であるからと言えるだろう。
「アドレンダ様、この国はどうしてこのように平和なのですか? 魔王や魔神の脅威にさらされたことを民は知りもせずに過ごしています。アドレンダ様がその脅威をどうにかしたのならば、あなた様の功績をきちんと広めるべきですわ。何も知らずに暮らしているなんて……」
バニーヌとしてみれば、色々と聞きたいことがあった。あとはどうしてその功績がきちんと広められていないのかも分からなかった。
「バニーヌさん、人払いをお願いします。私と二人で話しましょう」
バニーヌの問いかけを聞いたアドレンダは、そう言って人払いを頼むのだった。




