邪神は既に封じ込めてある ③
他の神殿からやってきた上級巫女は、どうして自分の思う通りにならないのだろうかと怒りに燃えている。
この神殿に仕える神官たちに命令を下しても、高確率で断られたりもする。そもそもこのドーマ大神殿の上級巫女たちにたしなめられたりするので、上手くいかないことだらけである。
このままこの大神殿にいる間にこのままなのだろうかと思うと、その上級巫女はいら立ちを感じていた。
(なんなの。私は望まれて此処にいるのよ。だというのに、こんな扱いをされなければならないなんてっ)
怒りに満ちているその上級巫女は、ドーマ大神殿を私物化しようとして失敗していた。
世話を言いつけられている女性神官たちは、その様子に内心溜息を吐いている。その上級巫女に連れられて、ドーマ大神殿内を女性神官たちは歩く。
その最中に、この大神殿で有名な下級巫女――トリツィアの姿を見つけ、女性神官たちは慌てて、この上級巫女がトリツィアに絡まないように方向転換を促す。しかし、彼女はそれを素直に聞くような巫女ではなかった。
(あの下級巫女に何かあるのかしら。あるのならばあの下級巫女をどうにかしましょうか)
そんなことを考えたその上級巫女は、周りにいる女性神官たちの絡まないでほしいという願望とは裏腹にトリツィアに話しかけてしまう。
「貴方、この大神殿の下級巫女ね? 私は上級巫女よ。私の言うことを聞きなさい」
「……なんですか、貴方は。上級巫女様なのは分かりますけど、私、お勤め中なので」
トリツィア、いきなり話しかけられてもそのような返しをする。相手が自分よりも上位の上級巫女だと分かっていてもマイペースである。
上級巫女と下級巫女は、階級の差があり、基本的に上級巫女の言うことを下級巫女は聞いてばかりである。王侯貴族に逆らう下級巫女はあまりいない。……あくまで他の神殿での話である。ちなみに別に上級巫女のいうことを下級巫女が必ずきかなければいけないということはない。
「貴方、私を誰だと――」
「私、忙しいのです。勤めの後なら少しぐらい言うことを聞いてもいいですけど、今はちょっと難しいのです」
まったく躊躇いもせずにそんなことを言うトリツィアに、上級巫女は目を瞬かせて驚いている。
「貴方――」
「私は忙しいって言っているのですよ?」
トリツィアが冷たく微笑む。その顔がどこまでも冷ややかで、そこから発せられる殺気に上級巫女は思わず後ずさる。
「トリツィアさん、ごめんなさいね。この方は他の大神殿からやってきているので……」
「貴方のことも知らないのです。失礼します!!」
その隙に上級巫女は、女性神官たちの手によってその場から退場させられていた。
(……あれ、他の神殿から来たとなると邪神のことをどうにかするために来た人か。中々信仰心なさそうだなぁ)
トリツィアはその去っていく姿を見ながら、そんなことを思考する。トリツィアも邪神をどうにかするためにこの場に彼女たちがやってきていることは分かる。だけどあくまで上級巫女といっても、本当に心から信仰心を持っているものはあまりいない。
大体が良い結婚相手を見つけるために必死であるというそれだけなのである。そういう巫女が多いため仕方がないと言えば仕方がないのかもしれない。
(神様への信仰心があった方が、聖なる力も強くなると思うんだけど。それにしてもこの大神殿で好き勝手されるのも嫌だしなぁ。女神様とまた悪戯してみる??)
ちなみに今、女神様はトリツィアのことを見ていないようなので、ひとりで思考しているだけである。女神様もトリツィアのことを常に見ているわけではないのだ。
(――悪い子はいないかって、怯えさせるのがいいかもしれないね。邪神が復活した風な感じにしてみる??)
トリツィア、先ほどの上級巫女の姿を考えながら、悪だくみをしている。
掃除をしながらにやりと笑っているトリツィアは何だか不気味である。一緒に掃除をしている下級巫女が少し怯えていた。
そして掃除を終えた後に、いつものようにトリツィアはご機嫌そうに鼻歌を歌いながら歩いている。
「……トリツィア」
「あら、オノファノ。どうしたの?」
「いや、上級巫女に絡まれたって聞いたから、また何かやらかさないかなと」
「あら、私がいつも何かやっているみたいじゃない」
「その通りだろう」
オノファノはジト目をトリツィアに向けている。トリツィアは実際悪戯をしようとはしているので、企んでいると言えば企んでいる。しかしまぁ、オノファノは他人の思考を読むことなど出来ないので、そのことが分からないものである。
なにか企んでそうだな……と思いながらも、実際の所、何か企んでいたとしてもトリツィアがやろうとしていることを止めるのは中々難しいので、分かったとしてもどうしようもないことはあるのだが。
「……邪神のことも、面白がって何かやらかしたりするなよ」
「しないよー。そもそも邪神は既に封じ込め済みだし。邪神はそう簡単に復活しないよ?」
「……それは冗談か? 本気か?」
「本気本気」
トリツィアは軽くそんなことを言うが、オノファノは本気なのか冗談なのか判断がつかないのであった。




