VS魔神 ③
「美味しい。オノファノもこれ、食べてみて。王子様からもらったやつ」
トリツィアが無邪気に笑って、持ってきた果物を煮た保存食を食べている。
それをオノファノも食べて、笑みを浮かべる。
「うん、美味しいな」
「でしょ。これ、王子様がお礼にってくれたやつだよー。流石王族だよね。美味しいもの沢山知っているみたい」
それはこの国の第二王子であるジャスタからもらった果物を使ったものらしかった。
まるでピクニックをしているかのように、トリツィアとオノファノはほのぼのとしている。
「……なぜ、一人の巫女が編んだ結界程度を我は壊せぬのだ」
魔神の落ち込んでいる声など、二人からすればどうでもいいらしい。
「王族が食べているものだと確かに美味しいよな。お金をかけた分それだけ貴重で美味しいものが手に入るからな」
「うん。というかこの果物、どこのだろ? 私が今まで食べたことない感じなんだよねぇ。よっぽど珍しいものなのかな?」
どこまでも和やかな会話の裏で、魔神は結界を壊さんとばかりにたたいている。どれだけ攻撃しようともトリツィアの結界はびくともしない。魔神は長らく生きてきて、このような状況に陥ったのは初めてである。
その力をもってして、今まで好き勝手やってきた。
――今まで苦戦を強いられるような強敵に遭遇したことはあっても、それでもその魔神は勝利してきた。……これだけ自分が相手にされないことも、相手の生み出した結界で身動きが取れなくなるなどということもなかった。
だからこそ、魔神は今のこの状況が信じられない。
たった一人の、まだ年若い少女一人が生み出した結界が自分の自由を阻んでいることが意味が分からない。力が強いことは最初から分かっていた。だけれども、想像以上にその力は強かった。
「魔神よ、ご主人様の結界を破ることは出来ない。このままそなたの出来る選択はご主人様の元へ下るか、永遠の時を閉じ込められるかのどちらかであろう」
「……お前は魔王か? なぜ、そのような姿を……。それにあんな少女に下るなどプライドがないのか!?」
「プライドではどうしようもないことがあると我は理解しているのだ。ご主人様たちと敵対すれば最後だ。どうすることも出来ないのは事実である」
マオはすっかりトリツィアとオノファノに勝てないことを実感しているので、魔神にそう声をかけている。
自身もトリツィアの結界に閉じこもった後に、彼女に下ることを決めた存在なので今の魔神の状況に共感しているのかもしれない。
「ふんっ、プライドを捨てた飼い犬が! 今はたまたまこの結界が壊れぬだけだ。我は簡単に下ったりなどしない!」
「そうか……」
魔神の言葉に、マオはもういいかと思ったのかトリツィアとオノファノの寛いでいる場所へと戻るのであった。
魔神とは、魔王であるマオにとっては格上の存在ではある。しかしこうして同じようにトリツィアの結界に閉じ込められている様を見続けた結果、トリツィアからしてみれば自分たちは変わらないのだなとマオは認識した。圧倒的な強者を前にすれば、魔王とか魔神だとかは結局同じものなのである。
その真実を実感すれば、魔神に対する恐れも緩和していた。というか、トリツィアとオノファノがいればまず魔神が暴れまわることはないのである。それに二人はマオのことをペットと認識しているので、手を出されれば守ってくれることは想像できる。
そういうわけで、マオは魔神のことを「実力差を正しく理解せずにご主人様たちに歯向かおうとするもの」という認識で見ている。……自分も最初はトリツィアと敵対していたのに、本当にすっかりマオは飼いならされていた。
――それから、何時間も魔神は結界の中で放置されることになる。
その間、トリツィアとオノファノはのんびりとお茶を楽しみ、周辺を散歩し、魔物を狩り……本当に自由気ままだった。その間、魔神に話しかけることもなく、本当にどうでもよさそうだった。
「トリツィアさん……あの魔神、大分大人しくなりましたね。どうするんですか?」
「んー。心折れているか確認してきます! まだ反抗的ならこのまま永続的に閉じ込めて、力を失わせる方向にします。悪さ出来ないようにするので安心してくださいねー」
ずっとその間、どうしていたらいいか分からず困惑していた巫女姫の問いかけにトリツィアは軽く答える。
トリツィアにとってみれば、その魔神の心が折れていようが、まだ反抗的だろうが、どっちでもいいというのが本音である。平和的に解決できるならそれはそれでいいが、そうじゃないならずっと閉じ込めて外に出れないようにするだけである。
「魔神、そろそろ諦めた?」
トリツィアは軽い調子で、そんな風に魔神に向けて問いかける。
結界の中の魔神は、閉じ込められた当初よりも覇気がないように見えた。
「お前……この結界はどういうことなのだ。我を何時間も閉じ込めておきながら傷一つつけない結界など、おかしい」
「おかしくないよー? というか、別に結界はね、永続的に維持できるから貴方をずっと悪さしないように閉じ込めておくことも出来るよ?」
「なっ、嘘だろう……?」
「私は嘘は言わないよー」
信じられないものを見るように、魔神はトリツィアを見ている。
そして次にトリツィアの足元にいるマオを見る。そのマオは大きく頷いており、魔神は心が折れた。
「……どうしたら、此処から出してもらえる?」
――その自分を閉じ込める結界が、壊れないことを魔神は理解する。




