邪神は既に封じ込めてある ②
ドーマ大神殿の邪神がいつか目覚めるのではないか――というそのことに世界は怯えている。
邪神と呼ばれる存在はそもそも一柱ではなく、その存在は複数いるものである。そのうちの一柱の邪神がその神殿に封じられている。
大神殿に仕える者達は、その邪神に対処することも使命としている。
そのため、時折その石碑を点検し、いつ邪神が目覚めるのだろうかと緊迫した雰囲気を醸し出しているのである。
「……今の所、邪神が目覚める気配がございませんね。寧ろ此処には聖なる力が充満している」
「しかし『はじまりの巫女』様の残した言葉が嘘であるとは思えない。ならば、何故だろうか」
「なぜかどうかはともかくとして、邪神が目覚めないのならば目覚めないでいいのではないか」
「それもそうだな」
教会の総本部や他の神殿からやってきた神官や巫女たちは、どういうことだろうかと話し合いを続けている。
彼らからしてみれば自分がいきているうちに邪神なんてものが目覚めてしまうと困るのである。目覚めるなら目覚めるで、どうにか対応もしなければならない。目覚めてしまうと困るが、目覚めないとなると今まで準備してきたものが無駄になる。そう考えると目覚めても目覚めなくても困るものである。
「イドブ神官長、これはどういうことでしょうか」
「どういうことも何も、私にもわかりません。しかし目覚めないのならば目覚めないでいいのです。目覚めてしまったら、大変なことになりますから」
イドブ神官長――というのは、このドーマ大神殿の神官長である。つい数年前までは、今の倍ほどふくよかで、私財を蓄えているなどと言われ、その見た目から「豚神官」などと中傷を浴びていた悪徳大神官であった。
しかし今は、どういうわけかすっかりそういう悪事から手をひき上げ、すっかり痩せている。
イドブ神官長の言葉に周りの神官や巫女たちも「それもそうか」と頷き、それ以上の追及はしなかった。
それからしばらく神官や巫女たちは、邪神が目覚めてしまうのではないかと調査をするためドーマ大神殿に泊まり込んでいた。
この場にやってきた巫女というのは、所謂上級巫女と呼ばれる者たちである。邪神を相手にするのであれば、下級巫女が相手に出来るはずがない……というのが当たり前のように思われており、プライドの高い上級巫女たちがやってきたのである。
王侯貴族の出である上級巫女は、常に傅かれて過ごしてきた。誰もに頭を下げられ、自分のやりたいことを肯定され続けていた。
だがしかし、ドーマ大神殿ではそうもいかない。
そもそもドーマ大神殿に在籍している上級巫女が目に余るような行動を起こすこともなく、少なからずの我儘はあるものの、比較的慎ましく生きているのだ。
他の神殿からやってきた上級巫女は、このドーマ大神殿にいる上級巫女の少女と旧知の仲らしい。
「――ねぇ、レッティ様。貴方、何を大人しくしているの?」
「……お久しぶりですね。何をって、いつも通り過ごしているだけですわ」
「貴方ならばもっと自由に振る舞えるでしょう。なんなのよ、此処は。大神殿であるというのに、規律ばかりちゃんとしていて、つまらないわ!!」
「貴方、此処で過ごすなら大人しくしてなさい。少しぐらいならいいけれど、あまり好き勝手やっていると、怒りを買うわよ」
「まぁ、誰の怒りを買うというの? 私を誰だと心得ているの!」
不機嫌そうにその巫女はそういってドーマ大神殿の上級巫女であるレッティの部屋から去っていった。
レッティはその後ろ姿を見ながら、「まぁ……なんて野蛮な。でもまぁ、忠告はしましたわ」とそう言って、ほっと一息を吐くのである。
さて、その他の神殿からやってきた上級巫女は苛立っている。
(私は邪神をどうにかするためにわざわざこんな場所に来たのよ。本当は自室でぬくぬくと過ごしているはずが、邪神のことで上級巫女として働かなきゃって言われたから。なのに、どうして私があがめられないのよ!! それに自由に出来ないなんてつまらないわ!! 私を誰だと思っているのよ!!)
そんなことを思いながらその上級巫女は、イドブの元へと向かっていった。
もっと自分の元に良い環境をよこせといいながらやってきた上級巫女に、イドブは溜息を吐いている。
昔はともかく、今はすっかり清廉潔白に生きているので、そういうのを聞く気はない。何よりも、イドブは恐ろしいものがいくつかある。
その存在たちを怒らせるわけにはいかない。
「――ある程度の我儘は許されますが、貴方がいっているだけの贅沢はこの大神殿では出来ません。女神に仕えるものとしての品格を失わないようにしなければなりません。貴方はこの大神殿の唯一無二の存在ではありませんから。貴方の言うことだけ聞いていられません」
「なっ、私は邪神をどうにかするために呼ばれているのよ!! 私を怒らせたらどうなると思っているの!?」
「さぁ、どうなるんでしょうね」
イドブの言い方に、その上級巫女は苛立ったように声を上げてその場から去っていった。




