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白き死神は  作者: RUu
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第四話 雨の日

今日は、雨。どこからどう見ても、雨。

梅雨、真っ只中というわけでもない、6月上旬。どうやら今年の梅雨は、少しばかりせっかちらしい。土砂降りというほどでもないが、しとしとと上限などないように振る雨。灰色に染まった空は、今日という一日を雨と仲良くするようだ。いや、これから二週間くらいは気持ち悪いくらい仲良くするのかもしれない。あー畜生め。

はっきり言って、俺は、雨が好きじゃない。何故?と問われても即答できるような答えは持ってないんだが、というよりも何故、好きじゃないのか改めて考えるとよくわからないんだが。とにかく、だ。俺は雨の日が嫌いなわけで、この時期は自分でもわからないうちに、こう、常に苛立っているというか、情緒不安定という奴なんだろうか、そんな気分になっているはずなんだが、本日の気分はそれどころではないのか、なんだか、毎年感じるものとは違うように感じていた。もちろん、気分がスカっと、晴れているわけではない。むしろ、この空よりも濃い、黒に近い灰色と言っていいだろう。

とりあえず、今、思うことを、声に出したい。


「……あー、眠い」


普段は、どんな有名なホラー映画を見た後でも寝付くのが早い俺だったが、さすがに昨日のことは堪えたらしく、一睡もできなかったのである。


『私は、死神だ』


いや、当たり前のことだろう。

昨日のことを目の当たりにして、なおかつスヤスヤと心地よく、眠ることのできる人間がいるとするならば、一生で一度でも出会いたくない類の人種であることは間違いない。

しかもだ、自称死神を名乗る、背中に羽を生やした天使のような風貌をした少女がワンルームという狭き部屋の中にいたら、それはそれは、寝れるはずもないわけだ。

と、ため息をつきながら右隣、やや上ぎみに視線を向ける。


「何?」


雪のように白い、無表情な顔がこちらに向く。

そう、この俺の隣に悠然とふわふわ飛んでいる、美少女といって決して過言ではないだろう少女が自称死神ことカルア……なんとやら、なんだが。

何事もないように、透明のビニール傘をさす俺の隣を飛んでいるんだが、夢なんじゃないかと今でも思ってしまうくらいだ。


「いや、なんでもないんだが……」


「そう」


小さくつぶやくと、何事もなかったように前を向く。俺の隣を、異国の少女が周りの建造物に何の興味も示さずに平然と歩くように、背中の羽をふわふわと動かし、飛んでいる。どうやら、傘は必要ないらしい。今朝、持って行くかと、一応聞いて見たところ、「必要ない」と一言返されただけだった。

『本当に夢じゃないんだろうか……?』

そんな永遠と続くような無限ループに、昨夜どれだけうなされたことだろうか、というよりも一睡もできなかったんだが。

大体、今まで、平凡中の平凡な人生を送ってきた俺が、漫画やアニメの世界でしかないような非現実にあっているんだからな、これくらい動揺してしまうのは当たり前の反応だと思わないか?むしろ、俺は、どちらかというと平常心を保てている方だと思うんだが。普通の人間だったら今頃、発狂して倒れているのが関の山だろう。

ふう、これだったら、『引き出しを開けてみると、中からタヌキ型の未来ロボットが現れた』ぐらいの非現実の方がいくらかマシだったんじゃないか、と思ってしまうもんだ。定期的に丸い形をした、中にあんこが入っている、和菓子を食べさせてやれば、ありとあらゆる未来の道具を提供してくれるんだからな。これで、世界制服も間違いない、ってな。

……と、それは、まあ、いいとして。

とにかく、そのタヌキ型の未来ロボットと大きく違っているのは、何かというとだ。まず、このカルアっていう死神美少女は、その名のごとく、『死神』というわけで、根本的に俺の命、いわゆる魂を奪いにきているってことなんだが。

今、冷静に思い返すと、なんだそりゃ?なわけだ。

ようやく、平凡という名の無限ループから抜け出したと思えば、待っていたのは、まぬがれない強制的な死、だ。それも、世界の命運なんてのもオプションでついてくるという始末。普通なら、今頃、部屋の中で、布団の中にうずくまってぶるぶると震えているのが定石というものなんだが。

俺は、いつも通りに、学校に登校することにした。

いや、事が事だけに、さすがに一日くらいは休んで、色々と考えてみるかと、思いはしたが、よくよく考えてみれば、別に何を考えるというものもない事に気づき、それよりも、教師になんて口実で学校を休もうか、それを考える方が面倒だった。

大体、半年後にあなたは死にます。みたいなことを言われても実感なんてものは沸くはずもないわけで、半信半疑なのは否めない。それに、『死』というものに、そこまで恐怖を抱かない。

何故だろうか?やはり、この平凡な人生がもう嫌なだけだろうか?正直に、最初に死を告げられた時に、まず、感じたのは恐怖ではなく、そういうことならしょうがないか、というあきらめにも似た感情だった。

俺は、特に、未練もないこの世界に、この人生に、終わりを告げて欲しかったのだろうか。


『生きなさい。生きて生きて生き抜きなさい。お前の生きていく場所は、この世界にはたくさんあるんだからね』


ふと。何度も聞かされた、あの言葉を思いだす。もう、戻ってこないあの言葉を。


「何?」


我に返ると、立ち止まっていたらしく、覗き込むようにして、カルアがこちらを見ていた。心配そうな、なんてことはない、いつも通りの表情で。


「いや、何でもない。心配かけて悪かったな」


「そう」


そう言うと、また、ゆっくりふわふわと前に進みだす。その後ろ姿は、死神なんていう恐ろしい生き物とは思えない。いや、大体、死神の姿、形なんて人間が勝手に想像したものなんだろうし、決して可笑しいことはないのかもしれないが、やはり違和感を感じてしまう。死神というよりも、むしろ……いや、もうどうでもいいか。

さて、このままぼやけていて遅刻なんて馬鹿馬鹿しいにもほどがあるし、少し急ぐかな、と思ったその時。


「よっ!正之助、おはよーさーん」


肩をポンと叩き、朝から無駄にテンションの高い男が現れる。見飽きた無駄に爽やかなきつね眼の顔が無性に腹立つ。


「……はぁ、なんだ、お前か」


「人の顔見た瞬間に深いため息ついて、なんだ、は酷くねえかぁ?ていうか朝からテンション低っ!?もっと元気よくいこうぜぇ」


何故に、朝っぱらからテンションなんぞを高くしないといけないんだ。わざわざヒットポイントを少なくするような真似をするつもりはない。あと、とりあえずその、怪獣のような絵がプリントしている、派手な傘は今すぐに捨てたほうがいいぞ。

この、とにかく話しているだけで、疲れそうな男の名前は『平塚啓太』

中学からの同級生なんだが、運悪く、同じ高校に入学してしまい、またまた神様のいたずらはエスカレートし、7クラスもある中で同じクラスになるという快挙を果たしてくれてしまった。この野郎。

話すだけで、疲れてきそうなものなので、やや歩くスピードを速める。いや、まあ遅刻しそうだったしな。


「……あ、そういえば」


右隣やや上に視線を向けて、小声で喋る。


「なあ、本当に俺以外には、見えてないんだろうな?」


顔は前を向いたままで、台本のセリフの喋る。


「平気。あなた以外には見えないように、処理している」


今朝、言われた言葉を一文一句変わらない調子で言われてしまう。

学校にまで、ついてくると言われた時はどうしようかと思ったが、この通り、どうやっているのか全く説明されても理解できないんだろうが、平塚の野郎にも見えていないようだし、俺以外の人間には見えないように処理してくれているようで、まあ、一安心というか、なんというか。


「なに、独り言喋ってるんだぁ?」


平塚の無性に腹立つニヤケ顔が、覗きこむようにして、俺の眼の前に現れる。


「別に、なんでもねえよ」


危なく、右手が発動(いわゆる渾身の右ストレート)する所だったが、なんとか制御することが出来た。何故に大の男に顔を覗きこまれないといけないのだ。

さっきも言ったがこんなところでヒットポイントを減らすつもりはないのだ。そうでなくても、昨日の出来事から俺のヒットポイントは減少していくばかりだというのに。

早歩きで歩く、俺の隣をスキップで歩く男は、なにやら顔が気になるらしく、無駄に熱い視線を送ってくる。やはり右手を発動するべきなのか。


「んんー、正之助」


「……なんだ?」


無視してやろう、という気持ちがあったが、こいつにそのような戦法は通じない事は知っている。


「今日は、やけに眠そうだなぁ?眼の下、クマだらけだぞ。昨日の夜なんかあったのかぁ?」


ご名答。

その通り、何かあったわけだが、『昨日、死神がベランダに現れて、半年後には死ぬ事になって、それまでの半年間その死神と暮らすことになった』だなんて、そんな事を事細かに話しても、信じてくれるはずもないわけで、下手すれば、変人扱いされてしまうかもしれないわけだ。どうせ、これから半年後にはこの世からいなくなるのだから、平凡なまま逝きたいと思うわけだ。というか、むしろ、こいつならわけもわからず信じてくれてしまうかもしれないから逆にややこしい。

というわけで、だ。


「……別に、なんでもねぇよ」


喋らない。喋ったところで何か変わるのかもしれないし、何も変わらないかもしれない。ただ、こいつに何か喋ったところで事態が良い方向に進む気がしない。うん、それは間違いないだろう。


「んんー……あっ、わかった!正之助、さ、て、は……」


にやにや、と、誰が見てもイラかける2するような表情を浮かべて、眼の前に立ちふさがる。


「えっちなアニメでも見てたんだろぉっ?」


気持ち悪いくらい嬉しそうな表情は、やはり気持ち悪いだけであって。


「もう、正之助ったら、水臭いじゃんかっ!俺と正之助の仲じゃないの!そういうのが好きなら早く言ってくれればいくらだって貸したの……」


「よいしょっと」


「っふぐぉあっっっ!?」


悶絶。


「おや、眼の前には誰もいないはずなのに、右ひざになにか当たったような気がするような……まあ、気のせいだろう」


何事もなかったように歩みを再開する。なにやら後方で誰かが呼ぶような声がしたが、振り返ることなく歩みを早める。うん、それがいいだろう。

右腕につけている、腕時計に眼をやる。うん、皮のベルトが非常に良い味を出しているじゃないか、ではなくて、そろそろ時間的にも危うい。早歩きから、駆け足に変えようとしたがその際に大きな水溜りに踏み込んでしまい、靴の中が非常によろしくない状態になってしまった。


「あぁ……くそ、これだから雨は嫌なんだ。朝からろくでもないことしか起こらない」


ろくでもない奴にも会ってしまうしな。お陰でテンションのパラメーターは逆の方向に振り切ってしまったよ。


「あ、そういえば、カルア」


「なに?」


一応、言っておこう。


「さっきのは別に、友達とか親友とかそういった類のものじゃ決してないからな。悪魔でも知り合いの域を超えていない、知り合いだ」


俺の知り合いには、あんなのしかいないのかとへんな勘違いをしてもらっては困るからな。一応、注意しておこうじゃないか。

そう言うと、こちらに振り向いてから、軽いクエスチョンな顔を浮かべて一言。


「そう」


理解したのか、理解してないのか、はたまた、そんなこと興味さえないのか。

まあ、どうだっていいと、言ってしまえばそうなんだが。

学校が見えてきた頃に、鐘が辺りに鳴り響き始める。いっそう、駆け足を早める俺の足元はもう、びしょぬれだったが、ここまで濡れてしまえば、もう同じようなもののわけで。

とりあえず、今日という一日が始まる。教室に入って、席に座り、びしょぬれになってしまった靴下を脱ぎながら、ふと気づいたことがあった。

他の人にしてみれば、それは、ほんのささいすぎること。だが、人それぞれ考え方や価値観というものは違うわけで、俺はそのまま机にうなだれてしまう。


「あぁ、初めての女子と二人っきりの登校が……」


そんな俺の悲痛な叫びは、授業開始の鐘にかき消されていくのだった。



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