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白き死神は  作者: RUu
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第二話 コーヒーブレイク

「あなたは、あと一ヶ月の命です」と医者から宣告されたら、どうするだろうか。

そんな事を考えても、その時の自分自身の気持ちにならなければ絶対にわからないと思うが、でも、やはり、そういうことは考えてしまうのが、無駄に知能の発達した人間の性である。

いつか、自分もそんな日が来るのではないだろうか、そう、頭の端によぎれば誰でも考えてしまうものだ。かくいう俺も、そういった人間のうちの一人である。

だが、俺の頭の中では、そんな事は、まだまだ縁のない話で、関係ないと思っていたというのが本音であって、まさか、そんな話が自分に来るなどと、毛ほどに感じていなかったのだが。

そんな、まさかは意外にも意外な形で訪れることになった。


「し、死神?」


「そう」


無表情で、そう答える白い少女がかすんで見えた。

その表情から、冗談などという概念のカケラさえ見えない。


「……冗談だろ」


「嘘ではない、信じれないとは思う。でも、嘘ではない」


そんなのは、当たり前だろう。いきなり現れた、羽の生えた真っ白な少女が、よりにもよって死神だなんて、信じれる奴がどこにいる。「あ、はい、そうなんですか」などと、受け入れられる奴がいるならば、俺はそいつを、心の底から尊敬し、ある意味軽蔑するだろう。


「……と、とりあえず、立ち話もなんだろう、入ってくれ」


許容範囲量を超えて頭がパンクしそうな俺は、何故か正体不明な少女を部屋に入れてしまう。

透き通るように綺麗な素足が畳を踏むのを見て、靴を履いていなかったことに気づくが、そんなことは今はどうでも良い。

無言で、丸テーブルの前に座るのを見て、向かい合うようにして座る。


「………」


無言のまま一分くらい過ぎただろうか、何か考えるような素振りもない、目の前にいる自称、死神の少女は、その口を開こうとしない。眼の焦点はこちらに向いているようにも見えるが、宙を見ているようにも見える。

こちらから、何か質問をしてくるのを待っているのだろうか?そんな事言ったら俺のクエスチョンの波が止まらなくなりそうだ。だいたい、まず、なにから聞けばいいというんだ。色々と質問して、実はただの不法侵入者です。だなんて言われたら、所構わず俺は交番に駆け込むだろう。

心の中で葛藤していると、無駄に重い空気にやられたのか、俺の口は思いがけないことを口にする。


「の、喉でも渇かないか?」


何故に、こんな言葉しか浮かばなかったのか、自分にドロップキックをかましてやりたくなった。

まるで、初めての彼女とデートでのセリフみたいな言葉に、驚いたのか、もしくは軽蔑したのか、今まで無表情だった眼が、少しだけ見開き、やがて、無表情に戻ると、無言で頷いた。


「よ、よし、ちょっと待っててくれ」


そう言って立ち上がり、いそいそと台所の方へと向かう。もっぱら茶よりも、コーヒーが好きな外国かぶれの俺は、小さなコップの中にコーヒーを入れ、少量の砂糖を入れて、突然現れた客人の前に出す。

訝しげにそれを眺めていたが、ゆっくりと口に運んでいく。

何故に、こんなことになってしまったのか。一人暮らしを始めてから、早いこと二ヶ月。やっとこさ、一人暮らしにも慣れてきたかな、というところで、いまだに友人の一人もこの部屋に上がらせたことがなかったというのに、初めての客が、まさか、自称、死神を名乗る少女になるとは誰が予想していただろうか。いや、誰も予想できなかっただろう。これが競馬場だったら今頃、皆が皆、そろいもそろって、悲鳴や怒声を上げながら、空に向かってただの紙切れとなったそれを投げているに違いない。

全くもって笑えない話だ。

開けっ放しになっている窓から入る風の心地よさも、なんだか半減してしまったように感じてしょうがなかった。


「……苦い」


無表情ながらも不服感伝わってくるのは、俺の感受性が豊かなのか、それとも俺の勘違いなのか定かではないが、コーヒーの入ったカップを、俺に渡したのはつくり直せということなのか?


「あなたは、こんな黒くて苦い汁を好んで飲むの?」


「コーヒーだ。苦いのが苦手というのなら、先に言ってくれれば甘くしたものの……と知らないんだからしょうがないか」


そのブラックコーヒーの入ったカップにに少量の牛乳と、砂糖を少し大目に入れてやる。マーブル状に黒と白が混ざり合う。

ブラックコーヒーからカフェオレへと変化したそれを、もう一度、前に差し出す。

何度か、チラチラと眼を、カップ、俺、カップ、俺、と泳がしたが、恐る恐る手に取り、口に入れてみると、なんとかお気に召したらしく、一口、二口と飲み始める。

そんな姿が可愛らしく、にやけそうになるのをこらえながら、本題を切り出す。


「……で、その死神様とやらが一体、このどこにでもいるような一般庶民中の庶民でしかない俺に何の用なんだ?」


もう、この一風変わった少女が、まぁ、一風どころではないんだが、死神かどうか、なんていうことはどうでもよく、とにかく、この少女は、この俺に何かしら用があるというのだから、話を聞いてみるだけ聞いてみるというのが、紳士的態度だろう。まぁ、紳士の定義などよくわからないがな。

よほどカフェオレに夢中になっていたのだろうか、その問いかけに気づくまで数秒かかったのはスルーしておこう。何事もなかったように、毅然とした態度で喋り始める。


「私は、死神」


それは、さっき聞きました。


「……やはり、俺の命を奪いに、とかか?」


そうは、思いたくなかったが、死神、というワードを聞いて、人間の前に現れてすることなど、考え付くのはそれくらいのものだろう。まさか、死神が笑顔でダイエット器具の訪問販売にくるはずもないしな。


「少し、違う」


「なら、なんだっていうんだ」


「『魂の回収』と私達、死神は呼んでいる」


「魂の、回収……つまり、どういうことなんだ」


「言葉の通り、私達死神が人間の魂を回収して、天上界に天昇させる」


「……で、命を奪う、っていうのとどこらへんが違うっていうんだ」


「呼称」


そんな、やっぱり醤油ラーメンには、みたいな事を言われてもな。


「……じゃあ、なんで、俺なんだ?自分で言うのもんなんだが、俺はこれといって何もない、ただの学生なんだが」


やはり、カフェオレがいたく気にいったらしく、ごくごくと飲み干してしまった。そんなに美味かったのだろうか?

満足げに一息おいてから、またもや、何事もなかったようにして喋り始める。


「私達、死神の仕事は数多くある。主に、正常に天昇できなかった浮遊霊、地縛霊などの処理作業になる」


「……ということは、いわゆるひとつの霊媒師が、成仏させるような事を死神がやっているっていうことか」


テレビでよく見る、うさんくさそうなおっさんやおばさんが頭に浮かぶ。あーいった人たちは何故にあーいった派手な格好をするんだろうか、うさんくささを倍増させるだけなのに、とつい、最近まで思っていたが、どうやら、霊媒師の仕事には必要不可欠な派手さらしい事を、クラスのオカルトマニアから聞いたことがある、あーいった派手な格好の方が霊だとかなんとか。

まぁ、うさんくさいことにはいっぺんの変わりはないがな。


「それは、全て嘘。人間にそのようなことが出来る事は一切ありえない。まれに、魂が見えてしまう人間がいるが、話したり、触れたり、まして成仏させるなど、魂そのものに干渉することは一切出来ない。人間は無から有することもできない、そして有を完全な無にも出来ない。つまりはそういうこと」


後半を何を言っているかよくわからなかったが、どうやら今まで俺が見聞きしていた、霊媒師などの存在は全て嘘だったらしい。ここまできっぱりと否定されてしまうと、何故か少し残念な気がしてならない。

あぁ、今年の夏にやる、それ関係の番組は全く見る気が起きないだろうな。


「それで、俺に何の関係が……」


といい終わる前に、凍えるような冷たい眼で睨みつけられる。黙れ、ということだろう。


「私達死神には多くの仕事がある。その中でも異例の仕事がひとつある。それが『マナの魂の回収』それが、私に課された仕事」


「……マナの魂?」


「そう。マナとは、私達死神が存在する場所、『神の庭』を存続するために必要不可欠なもの。強力なエネルギーの塊だと思ってもいい。そして、そのマナはあなたたち人間の魂を生成するのにも使われている」


「それじゃあ、俺たち人間の魂ってのはあんたら死神が作っているのか?」


「それは違う。魂の生成には死神は関わっていない」


「じゃあ、誰が?」


「それを説明する義務はない」


はい、そうですか。ただ、説明するのが面倒になってきただけなんじゃないか、と思ってしまう俺は、卑屈なんだろうか。


「……そして、その魂の生成の際に、稀に、他の魂よりも多くのマナを吸収して生成されてしまう場合がある。それが『マナの魂』」


マナっていうのは、おそらくこっちでいう電気やガスなどのことを指すんだろう。ということは、俺ら人間の住む世界と同じく、そのマナっていうエネルギーがなくなれば大パニック、もしくはその神の庭とやらが壊滅、なんてこともありえるんだろう。

……ん、まてよ。


「なあ、ひょっとしたら俺がその『マナの魂』とやらなのか?」


「そう」


『マナ』それは『神の庭』という世界を存続させるには必要不可欠なもの。

『マナの魂の回収』それは、余分にマナというエネルギーを注ぎすぎた魂を、神の庭のエネルギー供給させるため。


「……つまりは、そういうことか」


そして、俺は『マナの魂』


「お前ら、死神様のために『人柱』になれ、っていうことなんだな」


哀れむでもなく、笑うでもなく、何も変わらないその表情は、淡々と告げる。


「……その通り」

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