P.S.
田舎から東京に出てきて2年目の春、実家の母から小包が届いた。
中にはお米や果物、それと母が家でつけた梅干しが入っていて、思わず笑ってしまった。
実家からの小包というのは、なぜこんなにも照れくさく、そして嬉しいのだろうか。
一つ一つ、丁寧に中身を出していくと、底に一枚の手紙が貼り付いていた。
母からの手紙。
それは何だか不思議な感覚をあたえた。
母は筆無精な人で、滅多に手紙を書くということをしない。
俺が実家にいた22年間、母が手紙を書く姿を一度も見たことがない。年賀状でさえ、面倒くさいと言って書かなかった人だ。
その母が俺に手紙を……。
ハサミで封をきると、ソッと中身を取り出した。
中に入っていたのは花柄の和紙でできた便せん一枚だった。
ひろげると、ボールペンで書かれた母の字が小さくビッシリと書かれていた。
手紙に目を通す。
書いてあったのは、俺に対する質問と最近の父の様子などだった。
「元気ですか?」といつもの母とは違うかしこまった言葉で書かれているそれは、何だかくすぐったかった。
ちゃんと食べてますか? 病気などしていませんか?
母からの俺への質問は体の心配ばかりだった。
その中に時々混じっている「お父さんとの会話が最近なくなっています」だとか「お父さんは毎日寝ては食べを繰り返しているので最近太ってきました」などの父へのグチが俺を笑わせた。
とうとう手紙も終わりが近づいてきて、俺は小さく微笑みながら最後の行を読もうとした。
その時だった。
俺は目を見開いた。
最後の行に書かれた言葉のせいだった。
最後に書かれていた言葉。
『P.S.辛うなったらいつでん帰って来んしゃい。あんたん場所はいつでんあるけんね』
……ずるいよ、母さん。そんな言葉を最後に言うなんて。しかもあなたのいつもの言葉遣いで。
俺は手紙の上に涙を一粒落とした。
手紙の上に一つのシミがひろがった。
手紙を抱きしめながら呟く。
「ありがとう、母さん。ばってん、俺、もうちょっと頑張ってみるけん」
東京に来てから久しぶりに田舎のなまった言葉でつぶやいてみる。
つらいことは多いけど、頑張ってみようと誓った日だった。
今日は母に電話でもしてみようかと思う。