堂々と片付けない
同期のタカコは、部屋の掃除をしない。
映画の好みは同じで、いままで何度となく遊びにきているけれど、そのたびに部屋の片づけから始めている。
私ひとりで。
「いや、ちょっとは手伝いなさいよ」
ベッドに鎮座するタカコは、プシュッ、と缶ビールをあけた。
「だいじょうぶ。ちゃんと見守っているから」
「スマホをいじらなければいいってものでもないの。ビール片手にポップコーンを食べながら見物されても応援されている気がしないの」
タカコはあきれたように首をふり、二本目の缶ビールに口をつけた。
「そもそも掃除をする理由がない」
「私にはあなたの衛生感覚がわからないのだけれど? このテーブルも絶対にアルコール除菌してないでしょ?」
さすがに生ゴミの類は処分できているようだけれど、服や下着は床に散らばっており、部屋の端にはホコリの塊ができている。
「むかしむかし、あるところに潔癖症の女の子がいました」
「えっ?」
「毎日毎日、除菌に追われていた女の子は、ある日、どんな願いも叶えてくれる魔法のランプを手に入れました」
「どうして物語っているの? どうやってランプを手にいれたの?」
私の問いかけに応えることなく、タカコはポップコーンをひとつまみ。
「女の子はランプに願いました。わたしの周りから汚いものを消してください。汚れはもちろん、すべての細菌を消し去ってください……そして、女の子は死んでしまいました」
私が無言で見つめるなか、タカコは缶ビールをあおった。
「そう、人間はさまざまな細菌と共存している。すべての細菌を敵とみなしていた女の子は、体内にいる腸内細菌さえも消滅させてしまい、死に至ったのです」
腸内細菌が大切なのは知っている。
「つまり?」
「細菌は味方」
「すべてが味方でもないでしょう?」
「敵の敵は味方でもある。他の細菌が繁殖すれば他の細菌は繁殖しづらい。つまり、アルコール除菌などしないこの部屋では、危険な細菌が侵入しても数を増やすことができない」
常在する細菌が防護壁となりうるのだから、除菌はもちろん掃除もする必要がない、と言いきったタカコは、体内を除菌するような勢いで二本目のアルコールを飲みほした。
なんであれ、私は部屋を掃除するし、タカコがそれを止めることはない。
損をしているような気もするけれど、タカコの部屋に遊びに行ったあとは、ライブの抽選に当たったり、ちょっといいことがおこるあたり、世の中はたぶん、うまくできているのだろう。