第八話 村の怪
マリルに帝国について話した。彼女はすんなりと受け入れ、仲間になることになった。彼女たちを【攻撃的屍人】に変えた人間のことを訊ねたが、彼女は覚えていないという。
やはり、いつの間にか変えられていたということだろう。
収穫がないわけではない。表で活動できる仲間が一人増えただけでも、なんて心強いことだろうか。
とにもかくにも、情報収集目的で冒険者の組合を訊ねてみると、気になる依頼を見つけることができた。
「……冒険者ランク2級?」
貼りだされてる紙を見つめて、イリスは眉根を寄せる。
『急募:村の怪。夜な夜な一人一人村人が消えていく。近くの森からうめき声のようなものも聞こえてきて、おちおち眠ることもできない。解決できる方がいれば、頼みたい。帝国に要請を送っても対応してくれないし、遠くの冒険者組合に出しても解決する前に村人が全員いなくなっちまう。難しいのは分かるが、どうか解決してくれ――村長 アラン』
この依頼に言いようのない何かを感じて、気がつけば手に取っていた。
「い、イリ――イルアスさん。ど、どうしたんですか?」
マリルが肩越しに、イリスの手元を覗き込んだ。彼女も疑問を感じたのか小首を傾げた。
「し、しかし、に、二級なんて私たちでできるんでしょうか?」
「ちょっと、相談してくる」
イリスはそういうと、一直線に窓口へと向かって行った。
◆
「いやぁ、助かったさぁ。このまま冒険者が依頼を受けてくれないと思っていたさぁ」
馬車に揺られながら、御者の話に耳を傾ける。
依頼を受ける旨を受付に報告すると、すんなりと通った。二級なんてここらあたりで受ける冒険者はいないから、困っていたらしい。本来ならば冒険者の命を預かる身なので、四級のイリスが受領するのは断らなければならないのだが、彼女の能力値を知っているので特別に許可を出してもらった。
迎えの馬車に乗り、マリルと二人で村に向かっている途中である。馬が一定の速さを保って進んでいく。
「その怪が起きたのはいつからなんですか?」
「ちょうど、五日前からかなぁ。オラたちの知り合いが、ひっとりずつ消えていくんだぁ。当然、探しに入ったが見つけられやしねぇ」
それに、森の中は最近魔物が凶暴化しているうえに、聞いたこともないうめき声で近づけないという。
依頼内容と誤差はないようだ。
「ひ、一人ずつ消えていくってどういうことなんでしょう?」
「夜な夜な浚われている……と考えるのが打倒だろうな」
「そ、そんな。つ、罪のない村人を浚って何をしようと?」
「さぁ、僕にもわからない」
二人の話を引き裂くように、馬が大きな声で鳴いた。前足を上げて、何かに怯えているようだ。
「どぅどぅ。どうしたのさぁ、いつもの道だべさぁ。怖がることねぇだ」
御者が馬を数分なだめると、大人しくなる。再び蹄を鳴らして、歩み始めた。
イリスは街道わきの森に視線を向けた。
何か見られている予感がする。きっと気のせいではないだろう。
「……嫌な感じがするな」
「わ、私もです」
二人は黙り、無事に村へ到着することを祈った。
村へ着くと、子どもたちから歓迎された。一気に囲まれて、二人は引っ張られる。
組合から言伝を受けていたのか、村人総出で出迎えてくれた。代表者の大柄の男が一歩前に出る。
「俺はアラン・ノービアスっていうんだ」
茶髪、青目の彼は手を差し伸べてきた。その手をイリスは握り返す。
アランは所々に白髪が混じっている。見た目から六〇代ってところだろうか。細かい傷がついているのは、昔戦士として戦ったのだろうか。
「見ての通り、村人たちは戦いに向いてねぇ。守るにしても俺一人では限界があったんだ、来てくれて嬉しいぜ」
「いえいえ、そんな歓迎されるほどのものではないですよ」
「なんでも、あの町の冒険者一の実力者らしいじゃねぇか。頼りにしてるぜ!」
アランはイリスの背中を叩いて豪快に笑う。よろけたイリスは苦笑いを返すことしかできなかった。
二人にあてがわれたのは、一つの民家。どうやら、家族ごと消えてしまったので、代わりに使ってくれとのこと。申し訳なかったが断るわけもいかないので、お言葉に甘えることにした。
鎧を脱いで、楽な格好になる。ベッドに腰掛けて、息を吐いた。
「い、イリスさん。お、お風呂どうですか?」
着替えを終えたマリルが、唐突に提案してきた。内心吹き出しそうになったのを堪えて、極めて冷静に返答する。
「いや、一人で入るよ」
「む、むぅ。い、良いじゃないですか。お、女同士だし、た、たまには開放的になって話し合いましょう」
グイ、グイと、彼女が詰め寄ってくる。
なんだかマリルを助けてから、妙になつかれている気がする。顔を近づけられて断るわけにも行かず、ズルズルと風呂に入ることになった。
イリスは心の中で涙を流す。できれば、男の姿のときならうれしかったよ……と。
湯気が昇る中、イリスは天井を眺める。湯船につかり、その温かさに思わずため息が漏れた。
やはり風呂は良いものだ。落ち着ける。しかし、それが一人でならの場合だ。今横には、可愛い女の子が身体を洗っている。引き締まるところは引き締まり、出るところは出ている。柔らかな胸が、彼女の動きに合わせて揺れていた。
さすが女の子というだけあって、肌質はきめ細かく白い。
「ほ、ほら……い、イリスさん洗ってあげますよ」
「僕は良いって、自分で洗えるから」
「だ、だめです。い、いつも思ってたんですけど、お風呂から上がったい、イリスさんの腕とか、ま、真っ赤になってます。ち、力をこめすぎなんじゃないですか?」
「……」
確かに、男の時の感覚で洗っているので、若干ヒリヒリしたりする。といっても、力加減が難しくいつまでも慣れない。
このまま無視することはできないだろうと、諦めて湯船から出た。
チラリと鏡のほうを見る。水蒸気を手で拭って、鏡の中を確認した。映っていたのは銀髪の少女。いつ見ても、これが自分だという実感がわかない。線が細く、マリルと比べて体つきは貧相だ。それでも肉質は女の子しており、戦うのは不向きそうに傍から見える。
「ど、どうしたんですか? す、座ってください」
「あ……うん」
洗面椅子に座り、マリルに背中を向ける。柔らかく、優しい手つきで体を洗い始める。
「い、イリスさん。あ、あの……」
背中を洗ってくれる彼女は、少し口ごもりながら話す。
「こ、これからは、い、イリスちゃんって呼んで良いですか?」
「どうしたの? 急に?」
「あ、あの……その、私」
言葉を濁す彼女に何となく察した。やはり親しい人を亡くして彼女は間もない。だからこそ無理をして、イリスと仲良くしようとしているんだ。
気張らなくていい。そう伝えたうえで、イリスは微笑む。
「別に良いよ」
彼女の嬉しそうな息遣いが聞こえた。
「あ、ありがとうございます」
嬉しそうな彼女に、丁寧に洗ってもらった。
風呂から上がったあとは、自室で作戦会議である。日時は夕刻を過ぎようとしていた。
「村長の話を総合すると、みんな寝静まった後にいなくなっているらしい。寝ずの見張りになるかもしれないけど、大丈夫?」
「だ、大丈夫です。い、命を助けてもらったんですもの、わ、私はイリスちゃんの役に立ちたいです」
ふんすふんすと彼女は鼻息を鳴らす。拳を握り、上下に振る姿は可愛らしくもある。
そんな彼女に苦笑をして、彼女の頭をなでる。不思議そうに見つめ返してきていた。
「あまり気張りすぎて、怪我しないようにね。今僕とともに行動できるのは君しかいないんだから」
「は、はい……!」
どこか照れくさそうに、はにかみ返してきた。果たしてイリスは、この先彼女を守ることができるのだろうか。心の中に一抹の不安がよぎるが、考えないようにしようとかぶりを振った。
立ち上がる。鎧を着用して、窓の外へと視線を移す。
太陽はもうすぐ沈む。村での夜がやってくる