表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
前世より剣戟を  作者: 水無月秋名
第一章 始まりの輪廻
8/24

第七話 臆病者は誓う

 イリスはマリルを背負って町中を歩いていた。治療した後、彼女は目を覚まさない。眠り続け、時折瞳から涙を流していた。

 彼女の体は軽かった。イリスでも充分に背負って歩けるほどには。

 

 町の中の人から、時折視線を向けられる。しかし、そんなことは気にしない。

 治療したとはいえ、油断はできない。今は彼女を、一刻も早く安全な場所におかなければならない。

 安全な場所といえば、姉妹に連れられた廃れた酒場しか思い浮かばない。どこで誰が監視しているかもわからない、とりあえず尾行に細心の注意を払っていくことにする。

 

 

 たどり着いたころには、夕刻になっていた。数人の客が見えるが、全員ただ黙々と飲んでいるだけである。

 

「いらっしゃ――」


 酒場の女将が顔を上げて、イリスのことを見る。背負っている少女のことを確認して、無言で上の階に目を向けた。どうやら、空いている部屋に寝かせてやれということである。

 

「二人は?」

「もうすぐ帰ってくるよ」

「帰ったら来てと伝えといて」

「はいな」


 カウンターに数枚の銅貨を置く。一応、他の客がいる手前、宿を借りるという体にしている。

 

 軋む階段を上って、いくつか並ぶ部屋のうちの一つに入る。小ぎれいに整頓された部屋のベッドに、マリルを寝かした。

 彼女を楽な姿勢にさせて、毛布を掛けてやる。来ている軽装鎧などは脱がせるべきなんだろうけど、女耐性のないイリスはそこまでできない。

 とりあえず手ごろな丸椅子に座って、一息つく。しばらくすると、部屋のドアが開いた。

 

 入ってきたのは、マデルとノデア姉妹である。

 

「どうしました?」

「何かあった?」


 いつもの通り淡々とした口調。彼女たちは寝かされてるマリルに目を向けると、近寄ってきた。

 

「魔法におかされた。できる治療はやったけど……」


 いまだどうなるかわからない。その言葉を飲み込んだ。

 

 寝かされているマリルの血管はいまだに少し浮き出ている。

 

「傀儡魔法の一種ですか」

「それもかなり強力な」


「この魔法の主を追跡することはできるか?」


 イリスの問いかけに、二人は首を振る。

 

「これだけの魔法。の割には、ワンタッチで発動するようになっています」

「追跡は不可能」


「ワンタッチ?」


「ワン・タッチ・です」


 そう言って、マデルがイリスの肩をポンと叩いてきた。

 魔力を流し込まれた痕跡が少ない。追跡不可能っていうのは、そういうことだろう。

 これではだれがどこでいつ変異するかもわかったものではない。

 

「といっても、魔法を発動するには、条件を一定に満たしとかないといけないと思います」

「強力な魔法には、それなりにリスクもある」


 発動条件は簡単だが、準備にはそれなりにかかる。例えば自分の命を犠牲にするなど。解除と発動ではそれなりに難易度に差が出る。

 

 分かりやすく説明すれば、イリス・フォーゲル。彼女は転生するための魔法を使った。その代償として彼女の魂自身は、どこかに囚われている状態になっているらしい。最後の残滓を絞って今のイリスに託したのは、そういうことだ。

 

「この魔法の形式ですと、あまり多くのものを傀儡にはできませんね」

「どれくらいが限界だ?」

「ひと月で、この町の住人全員くらいです」


 マデルの言葉を聞いて頭を抑えた。この情報が少ない中で、タイムリミットまでに犯人を捜さなければならないということだ。

 さっそくの難題で知恵熱が出そうだ。

 

「個別にやってくる可能性は?」

「それは充分にあります」

「兆候として、目が赤くなる。そう言ったものは注意深くしないといけない」

「……だろうね」


 何がともあれ、彼女が目を覚ましてくれるまでは動けない。簡単な依頼をこなしていくしかない。

 相手も帝国の体裁があるため、派手に動くならこの町を全員傀儡に変えてからだろう。それまでは、【赤い目】に注意して情報収集すればいい。

 

 イリスは寝ているマリルに視線を落とした。

 

――立ち直ればいいけど。


 今はそれが一番の心配である。

 

 

          ◆

 

 

「リュウ、リュウー。つまーんないー! もっと派手に遊ぼうよー!」

 冒険者の組合所。活気に交じって二人の人間が、隅のテーブルについていた。

 一方は紅い目青髪の、サーシャと呼ばれる童女。

 一方は金髪長身の、リュウと呼ばれる青年。

 

「派手にやれば怒られるのは僕たちだ。ゆっくりじっくりいたぶってやるさ。心が折れて泣きつくまでね」

「怒られるって、てーおーは国民たちを意にも介していないんでしょー?」

「政治的ってやつさ。帝王が意にも介していなくても、国民たちが不信感を持ったらどうなる? 我が国は国民を何より思っています。そういう、体裁が必要なのさ」

「そんなの、私たちよーへーには関係ないじゃん」

「何を言ってるんだ。傭兵だからこそ関係あるんじゃないか。すべての責任を押し付けられて、処刑されるのは僕たちだぞ?」


 サーシャはつまらなさそうに、頬を膨らます。足をぶらつかせている。

 

「だったらさぁ、さっさとイリスって女を公にしたり、殺したりしたらいいじゃん」

「公にしたところで、意味がない。帝国国民のほとんどが、【輪廻転生】など信じてない。バカにされるのは僕たちだぞ。それに殺すにしたってどうする? 僕たちより彼女たちのほうが強い。だからそれなりに準備がいる」

「だったら、町の人全員を変えちゃえばいいんだって」

「馬鹿だなぁ。その隠匿のための準備だ」

「てことは、準備が整えば遊んで良いんだね!」


 童女は目を輝かせて、跳ねている。まったく単純な奴だと、リュウは肩を竦めていた。

 

「でも、ま。ちょっかい出すのは良いかもしれない。好きな人ほどいじめたくなるものさ」


 リュウの口の端に張りついた笑みは、人の背筋を凍らせるほど不気味であった。

 

 

          ◆

 

 

 あの日から五日経った。いまだにマリルは目を覚ましていない。しばらくはあまり目立つことなく、雑用じみた依頼をこなしていた。

 冒険者ランクは、五から四に上がった程度。彼女の実力ならもう三に上がっても良いものだが、今は敵に目をつけられるようなことはしたくなかった。

 

 マリルのための薬を買いに、今日は町まで出てきていた。薬屋に入り、姉妹に頼まれた薬草を買い付ける。白髪交じりのおじさんに代金の銅貨を渡すと、店から外に出た。

 陽光に目をしぼませて、そのままいつも通りに酒場へ戻った。

 

 

 マリルが寝ている部屋に入ると、彼女は起きていた。ベッドの中で上体を起こして、呆然としている。

 入ってきたイリスに気がつくと、目をこちらに向けた。

 

 茶色の瞳が見つめている。

 

「目が覚めたんだね」

「い、イルアスさん……わ、私……」


 彼女が顔を覆って泣き始める。ベッドの端に腰掛けて、彼女の頭を撫でた。

 

「マリルは、話を聞く覚悟はあるか?」


 ゆっくりと覆っていた手を取り、涙で濡れた瞳をこちらに向けた。しばらく考え込んだ後、目を伏せる。

 

「わ、私……ゆ、夢の中で……す、スレンさんに平手打ちされました。ど、ドミーアさんには生きてと言われました」

 ベッドのシーツを握り、彼女は顔を上げた。茶色い瞳の中に確かなる意思を感じた。

 

「い、いつまでもうじうじしていたら、ふ、二人に合わせる顔はありません。わ、私は臆病で、な、泣き虫で。で、でもそんな私を、あ、あの二人は親友と言ってくれていたんです。そ、そんな親友の最期の願いを無下にできるほど、わ、私はバカではありません!」


 マリルは涙をぬぐって手を胸に当てた。大きく深呼吸をする。

 

「ち、誓います。私は何を聞いても受け入れ、そしてこの理不尽を作り出したものを打倒すると!」


 彼女にしては珍しく、力強くそう言い切ったのだった

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 初めまして。最近小説の投稿をし始めた三ツ木紘です。 夜も遅いので途中までになってしまいましたが、読ませて頂きましたので、そこまでの感想をあげさせて頂きます。 自分はあまりファンタジー系は得…
[良い点] 最後まで戦い続けた少女が劣勢に立ち、死を直感した。その時少女は自らの命を代償に転生魔法を使うプロローグに惹かれていきました! とても作り込まれた世界観に、目が釘付けになりました…… [一言…
[良い点] 文章のテンポが良く、展開の流れが伝わりやすくなっていると思います。 また、視点変換のバランスも良く(イリス、マリル、リュウとサーシャ)、偏りや唐突さがない配置になっていると思います。 「今…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ