第四話 冒険者
冒険組合に登録するのは簡単である。受付に話して名前を登録して、自分の戦闘力を登録する。
ゲームをしていたときは、そこがキャラクリエイト画面になっていた。
「はぁーい、この紋章に手を載せてくださいねぇ」
冒険者たちの喧騒の中でも、はっきり聞こえてくる受付嬢のお姉さんの言葉。ガラス越しのお姉さんは、営業スマイルを見せていた。
促されるままに、受付近くの白い紋章が描かれている台に手を乗せた。ウィンドウのようなものが手元に表示される。
――ゲームのステータスウィンドウに似てるな。
表示されていたのは、自分の今の能力値。筋力、魔力、体力、カリスマ、俊敏性、運。やっていたゲームに酷似しているのは、見やすくて助かった。
――こう見ると高いな。
ステータスは最高がSSで最低がF。イリスは筋力がC以外はすべてがS。運に至っては測定不能という文字が出ていた。
分かりやすく比較をだすとすれば、前に使っていた長身の騎士のステータスは、平均がA。こう見ると、初期ステータスからこれは非常に高いと言えるだろう。
受付嬢が椅子を鳴らすように立ち上がった。その顔は焦っているように見える。
――無理もないか。
イリスは一つため息を漏らした。
「どうしました?」
極めて冷静に、立ち上がった受付嬢を見上げ、首を傾げた。
「い、いえ。イルアスさんの冒険者登録が完了しましたぁ。まずは、五級冒険者として登録しますねぇ」
「分かりました」
冒険者にもランクがある。五級冒険者は最底辺。というより、新米の冒険者。一級になれば昇格の試験があり、さらなるランクへと昇格のチャンスが与えられる。まぁ、このあたりの説明などは今は不要だろう。
できれば、一級スタートがよかったのだけれど、そこは文句は言えない。冒険者の証のブレスレットを受け取って、そのままの足で依頼が貼りだされている掲示板に向かう。
振り返れば、受付嬢同士がヒソヒソと話している。噂になるのも時間の問題かもしれない。
――そのほうが都合がいいか。それよりも……だ。
掲示板を見て絶望する。五級用の依頼など、雑魚魔物狩りや迷子のペット捜索。これといって知名度を上げれそうにない。だったらと、横を確認する。
大男が立っていた。身に付けているブレスレットを見ると、三級冒険者である。この町なら最高ランクに等しい。
「あの……」
できるだけ笑顔を作って話しかける。
「よろしければ、僕と一緒に依頼をしませんか?」
「あぁ……?」
男が睨めつけるように、イリスを見下ろす。ブレスレットを見て、鼻を鳴らした。
無視して振り返り、男は仲間のところに行ってしまった。
――だよな。
五級冒険者など、誰も相手にしない。
こうなったら地道に稼ぐしかないのか。どれほど時間が残されているか分からない今、できるだけ近道をしたいのだが。
掲示板から一つの依頼を取ろうと手を伸ばしかけた。
「あ、あの……」
か細い声がイリスの動きを止めた。
「い、イルアスさんですよね……?」
振り返ると、そこには同じ背丈の少女が立っていた。黒髪赤目の少女だ。ショートカットの前髪をいじり、気弱そうに目じりが下がっていた。いかにも自信なさげな少女である。
ブレスレットを確認する。どうやら三級冒険者のようだ。
「そうですが、あなたは?」
「ひゃ、ひゃい! わ、わたしはミャリュ」
「ミャリュ?」
あわあわと、少女は口元を抑えている。
「落ち着いて、深呼吸してから話してください」
「は、はい……っ!」
イリスの言葉を聞いて、少女は深呼吸している。
こんな少女が三級冒険者ね。大丈夫なのだろうか。
「わ、私はマリル・シュゲル……です! よ、よければ一緒に依頼をしませんか!」
彼女は言えたことに喜び、その場でガッツポーズを作っていた。
心配だ……。
「別に良いですが、僕は五級ですよ?」
「さ、さっき……受付さんとのやり取りを……聞いて……」
なるほど、だったらお言葉に甘えようかと首を縦に振った。
彼女の表情が輝く。振り返り、嬉しそうに仲間たちの元へと駆け寄っていた。しばらく何事かと話していると、仲間たちは喜ぶように腕を突き合わせている。
◆
「オレは、スレン・ホドフだ。このパーティのタンクをやってる! よろしくな!」
三級冒険者用の魔物討伐に向かう道中、自己紹介をすることになった。
最初に名乗ったのは、快活そうな青年だった。重鎧を身にまとった、黒髪赤目の男である。手を伸ばしてくるので、無下にも扱うことはできず握り返した。無駄に力が強かったことに苦笑いを浮かべる。
「あたしは、ドミーア・シュバ。魔法使いよ、よろしくね」
黒い長髪の女性だった。長身で、赤い瞳がこちらを見下ろしていた。どこか妖艶な雰囲気を出して、唇を触っていた。舌をちろりと出すのは彼女の癖だろう。
ここに勧誘してきたマリル。そしてイリスを加えて四人というわけだ。
マリルはこう見えて、前衛の剣士を務めている。ホドフとスイッチをして戦いながら、後ろでドミーアが援護するといった戦術で、今までやってきたと予想する。
「わ、私たち……さ、三級になったばかりで、さ、三人でやっていけるか不安……だったんです」
「ほぼS判定のイルアスさんが仲間だと頼もしい頼もしい! オレとしても、タンクとしてやりがいがあるよ」
「回復のことはあたしに任せてくれたらいいよ」
三人は和気藹々としている。イリスは謙遜しながら、頭の中で目標を反芻した。
目標はウルフェンのボス。狼型のモンスターだ。ここらでは一番の脅威となっている魔物である。集団で襲ってくることが特徴。個体では大したことないが、油断はできないモンスターとなっている。
四級冒険者が一人では、まるで歯が立たない。三級冒険者が一人だと、苦戦は必至。そういう評価をされている。
「三級になったばかりだったら、もっと簡単な任務もあったのではないですか?」
「そ、そうなんですが……」
「オレたちは、帝国に力を早く示したいんだ。そして、近衛兵になる」
「あたしたちは村にそう誓って、出てきちゃったからねぇ」
「なるほど」
力を示したいなら、難しい任務を遂行する。そこはやはりどこも一緒らしい。
利害は一致している。彼らと一緒にいない道理はない。
さて、数値化では自分の戦闘力を見たが、やはり実戦でステータスを把握するしかない。この体の動きにも、慣れるしかないだろう。ゲームの時のような自分のリーチを生かしての戦闘は、無理と考える。
それに、筋力が低いため、重い装備も持てなかった。今まで両手剣を使っていたが、片手剣にクラス替えをするしか選択肢がない。
マデルとノデアが用意してくれた軽装鎧。そして銀色の片手剣。突貫で用意されたにしては、まだ良い装備だろう。
軽く装備に触れる。初期にしては上々、ここら一帯で死ぬことはまずない。
「あ、あの……」
いつの間にか隣にいたマリルが話しかけてきた。
「ひ、引き受けてくださって……あ、改めてお礼を言わせてください」
「こっちも都合がよかっただけです。お礼を言われることはありません」
「そ、それでも……う、うれしかったです」
怯えながらも笑う彼女の表情は、どこか犬を彷彿とさせた。自然とイリスは微笑みを返していた。
◆
「子犬がぞろぞろやってきて~♪ 狼わんわん吠えている~♪」
紅い目をした童女は、町中でスキップする。
楽しそうに手を上げ、楽しそうに歌う。
「狼舐めてかかって返り討ち~♪ 子犬たちは久しぶりの食事にありつける~♪」
その姿は年相応に見えた。しかし、瞳はどこか酷く濁っており、見つめる者を凍らせてしまうような気配を帯びている。
自然と、本当に自然と町中の人々は、彼女のことを避けている。
「でも、気を付けてね銀色さん。“赤い瞳”は裏切りの証。あはは、あっはははははは!」
彼女は嗤う。
ただ、楽しそうに。